コールトン・フィッシュエーカーへはトーキー=Torquayに宿をとり、A379を5q南下してペイントン(Paington)まで行き、
さらにA379を7q南下し、ヒルヘッド=HillheadでB3205に入って約1qの三叉路を左折すれば2qほどで到着。
 
このあたりは南デヴォンでも有数の風光明媚な場所で、ペイントンやコッキントン村、あるいはダートムーアへも近い。
エントランス
コールトン・フィッシュエーカーの敷地は30エーカー(約3万7千坪)。庭は整備され林道をめぐるミニ・ハイキングも可。
エントランス
エントランス
駐車場からここまでは徒歩。半マイル(800b)はあったろうか。
エントランス
通路の意匠、手入れは至極自然にみえて身体になじみ、田舎ふうの雰囲気が横溢。
ハウス
 
 
ハウス
ハウス
エントランス東側にあるカントリーハウスふうの建物はオズワルド・ミルン(1881−1967)の設計で1926年に完成。
依頼主のルパート・ドイリー=Rupert D’Oyly(1876−1948)は富豪の家系でもあったが、1903年、弱冠27歳で
ロンドンのホテル「ザ・サボイ」の会長に就任、名門ホテル「クラリッジス」も所有するいわばホテル王で、
夫人ドロシー・ミルナー(1889ー1977)とここに住んでいたこともある。
ハウス
ハウス
ルパートはすでに終焉を遂げたアーツ&クラフトに郷愁を寄せていたふしがあり、この建物もロンドンのレッドハウス
の様式を継承しているようにみえる。ウィリアム・モリスが提唱したアーツ&クラフト運動の起点はレッドハウスとされている。
 
それはさておき、ルパート&ドロシー夫妻は館に音楽家やオペラ歌手などを招いて夜な夜なパーティを催していたようである。
それにしても急勾配の坂を当時の低馬力の車、もしくは馬車で人間および道具一式を運ぶのはタイヘンだったろう。
ハウス
ハウス近く
ハウス横 北東側 ↑
 
清楚なマーガレットもこころなしか自己主調している。主張(言い張る)ではなく独自の調べを伝えるかのような。
ハウス近く
ハウス
ハウスは周囲の景観に溶け込んでいる。ハウスという主人のために庭園ほかがデザインされたかのように。
この地はルパートがダートマスとブリクシャム(Brixham)の間、つまりダート川河口をヨットで航行中、
船上から見上げる景観のすばらしさに魅了され購入したという。
ハウス
スモール・ストリームの始まり
この半円形水寄せから始まるのがストリーム(Stream)ガーデン、もしくはリル・ガーデン(Rill Garden)。
スモール・ストリームの始まり
リル・ガーデン
ストリームは小川の流れ。これは円形プール(小)。
流れは広い庭園を南東方向に向かう。
リル・ガーデン
リル・ガーデン
円形プール付近を別方向から見るとハウスはこんな感じ。花のなかではブルーのルピナスが目立つ。
リル・ガーデン
リル・ガーデン
ストリームは微妙に段差をつけられ次の水路に落ちてゆく。
リル・ガーデン
ストリーム
水路は画像上に向かって伸びてゆく。
ストリーム
ストリーム
ここまできて、いったん下って小さな池になり、さらに水路になって続く。
ストリーム
ストリーム
水路はここで小さな滝になり、さらに小川となって海へ流れ落ちる。
ストリーム
温帯植物と亜熱帯植物の境界
 
 
温帯植物と亜熱帯植物の境界
温帯植物と亜熱帯植物の境界
 
 
温帯植物と亜熱帯植物の境界
林道へ続く小道
亜熱帯植物の生い茂る小道は緩やか。
林道へ続く小道
林道への小道
このあたりから緩やかな斜面と急斜面が交互にあらわれる。
林道への小道
林道からの景色
ルパート&ドロシー夫妻の共通の楽しみのひとつがセーリング。夫妻がハウスに取り付けた風検出器なるものは、
室外器は煙突に、室内器はライブラリーの暖炉の横にあり、さらに、高潮クロックなる機器が室外のどこかにあって、
執事がこれを手動で操作して、しかるべき高潮情報を夫妻に知らせたものであるらしい。
 
英国人は海洋王国の民であり、そうでない私ですら高潮は目視すればわかるというもので、北海道・紋別の里の民は
暴風下の海を見て「ウサギが飛んでいる」と言ったものであった。それは海が荒れて白波が立つという現象を示している。
夫妻はそのようなことより何か目新しい機器に興味を抱き、風力の強弱に合わせて動作する高潮クロックを設置した。
このような自前のミニ気象台は夫妻のセーリングに必要不可欠だったのかもしれない。
 
ところで、ドロシーの祖父クランブルッック伯爵(1814−1906)は19世紀後半内務大臣や国務長官を歴任している。
林道からの景色
林道からの景色
林道からの景色
林道からの景色
林道からの景色
林道・石段からの景色
林道・石段からの景色
バルコニー
石段を登りきったところにある見晴らしのよいバルコニー。
バルコニー
バルコニー
南デヴォンのサウス・ウェスト・コースト・パスを歩いてきたハイカーも一息入れる。
時間の経過とともに陽光が移動して影をつくる。
バルコニー
バルコニー
のどかな風景と涼風が汗した身体をリフレッシュする。
ここは語らいに最適の場所かもしれない。ここまで上ってくるのに疲れはするが。
ただし夜の語らいには懐中電灯が必須。満月でなければ漆黒の闇。
バルコニー
バルコニーからの眺望
ルパート&ドロシー夫妻の息子マイケル(21)は1936年・南仏でスポーツカーを運転中、事故をおこし死亡。
1941年、夫妻の結婚生活は破綻したが、交通事故との因果関係は不明である。
バルコニーからの眺望
小道
小道
勾配はゆるやかだが、急斜面すぎて撮影できない谷は断崖そのもの。
このあたりは断崖の窪地のようなスペースを巧みに利用して主に亜熱帯植物を植えている。
昔の石切場からの眺め
昔の石切場からの眺め
建築物と窪地の関係=もともと平地の少ない地形ということ=がわかる。
上の画像の小道からぐるりと巡ってここに出る。
夏場、涼風を受けながらルパート夫妻は舟遊びのプランを練ったのだろうか。
簡素なテーブルとイス。
ライブラリー
ライブラリー
カフェ
カフェ
ウォールガーデンのエントランス
ウォールガーデンのエントランス
ウォールガーデン
ウォールガーデン
ウォールガーデン
斜面だらけで、斜面をならしてつくったり、利用してつくったりの庭や芝地が多い。
ウォールガーデン
ウォールガーデン
ウォールガーデン
植物名がわからない。
木陰の椅子
ちょうどいい所にイスはあるけれど
木陰の椅子
木陰の椅子
葉っぱがかぶさって、左半分は寝っ転がるのにむいている。右の青紫色の花はゲラニウム。
木陰の椅子
石の積み方と石段が素朴。マーガレットの白もあざやか。
ひびの入った薄い石材、木製の古い窓枠、窓越しの金具、そして光の調和。
ハウス
ルパートの娘ブリジットは、トーキーのパレスホテルの所有者ローランド・スミスにコールトン・フィッシュエーカーを
売却する1949年までここに住んでいた。
それから33年経過した1982年、ナショナル・トラストがコールトン・フィッシュエーカーを購入し現在に至っている。
 
2013年5月1日以降10月31日までコールトン・フィッシュエーカーのオープン時間は10:30ー17:00(金曜休)
11月2日〜12月23日11:00ー16:00(土日月のみ) 12月27日〜30日11:00ー16:00 入園料9ポンド
2014年からの開園時間&入園料は現時点(2013年5月8日)では未定
ハウス