2023/08/26    鉄板焼そば
 
 あれは昭和59年から62年ごろだったか、初夏から初秋、内地からの訪問者に焼そばをふるまっていたのは。道東紋別の高台、敷地15000坪の敷地のうち9000坪は林、残りは畑と庭で、平屋140坪の家屋があり、広大な庭に梅、イチイなどの樹木を植え、畑には地元の人が育てたカボチャ、ビニールハウスにはナスビ、きうり、イチゴを栽培していた。5月半ば、一面に赤と黄色のチューリップが咲く。
 
 7月下旬とか9月下旬、大阪方面、東京からの来訪者が来ると知床、屈斜路湖などを案内したけれど、たのしみだったのは昼間の鉄板焼そばと夜間の麻雀。多忙な方たちが多かったので知床1泊、紋別2泊(知床泊の前後)が精一杯。紋別の居宅の庭でお昼に鉄板焼きをふるまう。
北海道のバーベキューはジンギスカンと呼ばれ、ヒツジ肉を使うのが一般的。小生はヒツジ肉を好まず、牛の焼肉は陳腐。紋別でおいしい牛肉は入手しがたく、一度すき焼きを馳走になったことがある。肉は豚肉。豚のすき焼きはまずまず、それなりに食べられた。
 
 焼きそばなら豚肉とスルメイカ、キャベツがあればOK。さいわい紋別の漁港には水揚げされてまもないスルメイカは捨てるほどある。スケソウダラ漁の網にスルメイカが大量にひっかかってきて漁師は処分に困り、取りに来てくれるなら誰にでも無料で渡す。
木箱にイカ20ぱい入っているから多すぎて取りに来る人は少ない。大半は天日干しにする。小生も100ぱい以上のスルメイカを庭に干したときカラスの番をした。新鮮なイカを入手し、鉄板焼きそばの声かけをするのは食べることよりわいわい、がやがやの雑談を楽しみにしている人たちが少なからずいたように思うから。
 
 鍋奉行は食材を鍋に放り込みむだけで事足りる。屋外の鉄板焼きそばは4〜5人分の豚肉、そば玉、キャベツ、イカの順に入れて、大きなコテでそれぞれを適当な焼き具合になるまで混ぜながら仕分けする。
手際がよくないと見ている人たちもおいしそうに感じない。ほどよく加熱されたころあいを見計らってトンカツソース、お好み焼ソースを流し込む。そしてまたコテを使って食材をほぐせば完成。単純な工程なのだが、見た目と匂いが食欲をかきたてる。
 
 昭和60年か61年7月末、東京から松山政路夫人、兵庫県伊丹から知人の田野さんが来訪する。松山夫人は前年の冬に、田野さんは前年夏に来たので2回目。冬、松山夫人来訪時は特別に雪中の鉄板焼そばをつくったような記憶がある。2月半ば雲ひとつなく晴れて、気温もマイナスになっていなかったように思う。
彼女は料理にかけては京都祇園出身の母親には劣るが、原宿のアパート暮しをしていた独身時代、一緒に住んでいた淡島事務所の女性と夕飯をふるまってくれたことがあり、かなりのものだった。
 
 小生がどんなふうに焼きそばをこしらえるのか、まずいものは食べさせないでよという顔つきをして、できあがった焼きそばを食べたとき、「まあまあね」という感じだった。
焼きそばのような単純な料理でも、ソースの辛口、中辛、甘口の好みによって評価は分かれ、小生の場合、若いころ(昭和60年前後は中年期)なら中辛を好み、65歳を過ぎて甘口を好むようになった。彼女の好みは知らない。
 
 田野さん、松山夫人、小生は丑年生まれの同い年。田野さんと彼女は以前から何度も面識があり、すき焼きパーティで同席し、一緒に麻雀もした仲。田野さんや小生が出演する寸劇もみてくれた。「ようやる」という顔をしていたと思うけれど。
彼らが紋別の家に泊まった翌日、焼きそばをつくろうと午前中食材を買いに出かけた。田野さんは朝食後、電動草刈り機で庭の雑草を刈り、小生が買物から帰っても汗をかきかき草刈りを続けた。前年の夏も長く伸びた雑草を見て草を刈った。
 
 休憩するヒマもあらばこそ、そうこうするうちにお昼どき。庭に道具一式を持ち出すと田野さんが声をかける。ハイキング仲間でもあった彼は蓬莱峡でバーベキューをやったとき、炭、カンテキ、食材などを持参しバーベキューをつくった。みなの役に立つことをしようという姿勢に満ちていた。松山夫人と田野さんが来ていると知った住民がふだんの倍ほど集まった。
 
 鉄板1枚では足りず、電気工事店の吉田さんが急遽、鉄板を持ってくる。「ワシも手伝う」と田野さんが言った。衆目注視のなか、ふたり鉄板焼きそばはそうして始まった。具を次々と入れていく手さばきはふたりともよかった。しかし2枚のコテのさばき方は田野さんのほうが格段によかった。手の大きいほうが有利かとも思ったのだが、衆目は隣に注がれた。
 
 参加者はできあがった焼そばを味見する。田野さんの焼そばはみるみるうちに売れていき、食べあぶれた人が小生の鉄板に箸を伸ばす。結局、焼きそばはなくなったから良かったようなものの、松山夫人はハナから小生の焼きそばには手をつけずじまい。
 
 焼きそば特有のソースの香りは同じ、完成度がちがった。コテを巧みに使って麺1本々々に火が通るような混ぜ具合がいい。大盛り焼そばを鉄板に沿って横型の山にして、コテで5つの小山をつくる見事な仕上げ。見た目もおいしそう。
田野さんは男気があってやさしかった。楽しい話で座を盛り上げた。小生が脚本を担当した「寸劇」の常連キャストでもあり、即興のギャグを飛ばし客席を賑わせた。味のある人だった。

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