2022/02/09    赤かぶ
 
 冬場のたのしみは伴侶の漬ける赤かぶです。京都産の赤かぶを厚さ3ミリ程度のイチョウのかたちに切って、昆布、米酢、はちみつ、きび砂糖を混ぜ合わせた甘酢を陶器に入れ、そのなかに赤かぶを漬ける。糖分量の割合は適当らしい。名産地の新鮮な赤かぶは生でかじっても甘味があります。
 
 これを12月初旬から2月中旬まで、赤かぶがなくなる前に数個づつ買い足しながら続けます。冷蔵庫で3日も寝かせれば酢が赤くなり、赤かぶらしくなってくる。酢漬けなので身体にもいい。誰が漬けても失敗はなく楽。市販の赤かぶの酢漬けは鮮度に問題があり、たいしたことありません。
 
 2022年1月28日放送の「新日本風土記」は「山形 庄内」でした。庄内地方で栽培される赤かぶは映像でみるかぎり、色といいつやといい見事で、京都産よりいけるかもしれません。赤かぶ農家は一時途絶えるけれど復活します。焼畑農法で栽培されるのは温海(あつみ)かぶ。鶴岡市温海の特産品だそうです。
 
 東北旅行は過去一度だけ。陸路で北海道から京阪神へ。室蘭から青森までフェリー、秋の奥入瀬を見て盛岡で一泊。翌日は五色沼を見て信州で一泊し帰宅。東北の郷土料理なしの急ぎ旅。
 
 「新日本風土記」に紹介された鶴岡の主婦がつくる料理は、田舎料理の好きな小生にうってつけ。
イカと大根の煮物。ごぼうの煮物。なすびをさっと炒めて酢醤油風味。ごま豆腐のあんかけ。凍り豆腐にんじん、昆布巻き、しめじの炊き合わせ。みがきにしんとじゃがいもの煮つけ。赤かぶの酢漬け(漬物)。イカと大根の煮物、ごぼう、なすびの酢醤油風味、ごま豆腐はわが家の定番。
 
 鶴岡はユネスコ食文化創造都市に指定されているそうです。鶴岡市の「坂本屋」には、口細カレイの焼もの、鯛の造り、鮭とごま豆腐のあんかけ、鮭汁、ハタハタの湯上げ、菊の酢の物などからなる「海坂(うなさか)膳」というのがあるとか。藤沢周平の時代小説に登場する架空の藩「海坂藩」から命名されたようです。
江戸期、庄内藩は酒井家。現在の酒井家の当主・忠順(ただより)氏はテレビ出演し、子どものころ悪い点を取ったらバカ殿と呼ばれ、良い点をとれば特別扱いと言われた。
 
 2016年3月KY君などと共に京都で2日間合宿しました。初日の夕食は京都駅に近いホテルの日本料理店。コース最後はご飯、味噌汁、大きめの鉢に盛り合わせた漬物。
私たち1年先輩がひととおり食べ終わるのを見て、「これ食べてもいいでしょうか」とKY君が尋ねる。鉢にかなりの漬物(きうり、ナス、白かぶ、ダイコン、ゴボウ、すぐき、しば漬)が残っていました。私たちが「どうぞ」と言うと、ご飯をお替わりしたKY君は漬物を素早く平らげてゆきます。
 
 KY君が漬物好きとは知らなかった小生はその模様を伴侶に話しました。伴侶が、「KYさん、赤かぶの酢漬け食べるかな?」と言う。わかりません。その後KY君と会ったときも、電話、メールでも質問せず今に至っております。
それともうひとつ、味噌とヨーグルトをまぜた床にキウリを放り込む浅漬け(冷蔵庫で1〜2日寝かせる)を食べたことあるかなと。これは簡単で美味。KY君は自宅で味噌+ヨーグルト漬物を食べたことあるかもしれません。
 
 郷土料理は秋田のきりたんぽ。紋別の茶葉店&プロパンガス販売店に嫁いだ女性が秋田県出身で、昭和60年代〜平成初めにかけて小生の実家に10数名分の具材一式(比内鶏、まいたけ、ねぎ、ごぼう、せり、醤油と酒の合わせ出汁)を送ってくれました。
鶏の苦手な小生ですが、京阪神ではお目にかかれないまいたけ、せり、出汁の余りのおいしさに魅了された。出汁は醤油と酒のほかに何も入れていないとか。醤油のコクに加えて地酒の甘味やうまさも生かされているのでしょう。
 
 東北の話になると19歳のころ、3回会っただけで別れた同い年の画学生を思い出します。共に食べたのはボリュームたっぷりのスパゲティ(メニュー名はコスモポリタン)。その女性が話してくれた故郷宮城の森。
容姿も話し方も魅力的でした。森の話を彼女がしたとき夜の森の匂いがして、澄みきった空気を吸っていたいという気持ちになりました。
 
 東北の海は列車から眺めた荒々しい親不知、青函連絡船から見た津軽海峡しか知らず、知っているのは季節によってうねり方と色の異なる北海道と山陰の海。山陰は春、北海道は初夏の海の色が独特のブルーで、「言泉」(国語大辞典)のブルー+グリーン系(318色のうち80数色)にも見当たらない色。
天候、時間帯によって微妙なちがいがあり、ちぎれ雲の浮かぶ晴れた日はマリンブルーやピーコックブルーの明るい色、快晴の日は濃い紺青です。
 
 鳥取の冬の海は雪まじりで霞み、灰色が寂寥感をつのらせます。若いころは春の海に、50を過ぎると冬の海に惹かれ、1年半前から景色は霞んできました。それまで追憶のなかの風景や人は鮮やかに輝いていたけれど、霞んでくるのを止められず、いかんともしがたい。
 
 冬場、赤かぶの酢漬けを食べ終わり、昔の思い出にふけりつつ夜はふけていく。あしたの夢はあっても、あさっての米がなかった時代から、米はあっても、あしたの夢を持てない時代に推移し数十年。追懐を書けなくなる日まで、書きつづける意欲を失わないよう願いつつ。

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