2021/05/08    昭和の風景(四)
 
 この写真、ふだんおみくじを引いたりしないからお正月だという。とすれば前にいる弟が3歳くらいなので昭和35年1月。
 
 情けなさそうな顔をしている。凶だったのかと聞くと、おみくじを読んでもいまひとつ意味がわかってなかったといい、何が書いてあったかも、吉か凶かもおぼえていないらしい。
 
 小学2年生は漢字もそんなに習っていない。「旅は東方よし 南方わろし」なら理解できても、「尋ね人来たらず」の「尋ね」は読めないし、「良縁遠からず」って何のこっちゃわからんし、、「失せ物見つかる」の「失せ物」は姉か弟に取られているかもしれないし。
 
 幼いころのダンゴを食ってる顔(散策&拝観2「巣ごもり暇つぶし」)と共に撮影者の腕に乾杯。撮られていること知らないもんね。
 
 2006年に閉園した奈良ドリームランドの開業は昭和36年夏、9歳になったばかりの伴侶はジェットコースターに乗るのを楽しみにしていた。
 
 いざ乗りこむという段で、立て看板に「体重何キロ以上」と書いてあったそうだ。4歳年上の姉はだいじょうぶだった、が、やせっぽちの妹は計量でひっかかった。そのときの顔もこんなふうだったかも。
 
 
 いまにして思えば、われわれ昭和20年代生まれの子どもは単純なことでも喜んだ。屋外の遊びは缶蹴り、べったん、縄跳びなど。下駄隠しというのもあった。下駄をはいていない子どもはつっかけでもズックでも草履でもかまわない、裸足の子はさすがにいなかったけれど、親の下駄をはいている子はいた。
 
 下駄隠し注連棒(ちゅうれんぼう)、橋の下のネズミが草履をくわえてちゅっちゅくちゅ、ちゅっちゅく饅頭は誰が食た、誰も食わないワシが食た、表の看板三味線屋、裏から回って三軒目。
 
 と唄い、全員が片方だけ脱いでどこかに隠し、残りの履き物からどれか一つを指さし、それを除外し、以下同じ唄。最後に残った履き物の持ち主が鬼。鬼は全員の履き物(片方のみ)を探すという遊び、だったと思う。
 
 ローカル色もあり、履き物一つを探すというのもある。伴侶と懸命に記憶をたどってみたものの、伴侶は唄のほとんどを思い出したが、お互いにルールの詳細をおぼえていない。昔話をはじめるとアッという間。疲労も体調悪化も忘れている。伴侶も「だいじょうぶ?」とは聞かない。
 
 けさ片岡仁左衛門の夢をみたらしい。数年に一度はみている。
 
 4月は仁左衛門玉三郎の「桜姫東文章」上。仁左衛門の演し物はぜんぶみており、みていないのはそれだけ。
このご時世、歌舞伎座は避けたいと思いながらもチェック。先行予約なのによさそうな席はアウト。東京ってすごいね。伴侶も結局、思い直して予約せず。楽日を迎える前に緊急事態宣言の発令で公演は打ち切られた。6月は「東文章」下の公演があり、じきに先行予約がスタートする。ほんまにやるんかいな。
 
 仁左衛門と伴侶は生誕地が同じ大阪市阿倍野区。年齢も8歳差でだいたい同時代。見た風景も同じなら、血液型も同じだぜ。
 
 松竹座・夏歌舞伎夜の部、おしまいの若手の踊りをみないで外に出たのが正解。楽屋から御堂筋沿いに駐車している車に向かう仁左衛門とばったり遭遇した。柔和な姿勢と物腰が浮かぶ。急だったのに、やさしさそのもののような目を、気づくのがおくれた伴侶は見ていないが小生は見た。
 
 驚いてクチを開けている伴侶の顔を見て仁左衛門は微笑む。伴侶が「仁左衛門さん」と震える声を出し、彼は車に乗らず立ち止まってくれたが、伴侶は固まっていた。「仁左衛門さん、どんな顔してた?」と何度聞かれたか。
 
 同世代だと話は早い。先日、川柳作者に手紙を書いた。自著文庫本を送ってくださった礼状。長いこと手紙は書いておらず84円に満たないので、ばらばらの切手を貼り合わせた。投函したはよいが、届くのは連休明け。
 
 文庫を同好会の後輩ふたりに送ってくださいと文言だけですますのは、いくらなんでもと思って電話した。声を聞くのは阪神大震災以来。文庫送付のことを話し終わる前に、「お金いらないわよ。余分にあるから送っとく」。
 
 20数年ぶりでっせ。ちっとも変わってない。文庫の作者写真を見て、口紅が濃いなと感じたので、「いつごろの写真ですか?」と聞いたらば、11年前らしい。
電話の冒頭、固定電話に見なれぬ携帯番号が表示され、不審な男の声に怪しいやつと思われたに違いない。警戒している声だったもの。だから若い声を出した。誰かわかって昔の声にもどりました。「ヒマ持てあましてるんだから、いつでも連絡してよ」。
 
 本日届いた手紙に、「変な女から何か来たと思われると困るので、私の名前の上に、井上さんからのご依頼でお送りしましたと書いておきました」。時代とともに変化するところは変化しても、変わることの少ない昭和の面影が残っていくのはいいことだ。
 

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