2019/10/06    スルメイカ
 
 スケソウダラ(スケトウダラ)を捕獲していたらイカが大量に網にかかって漁師、漁組がもてあましている。捨てるにしても場所がかぎられ、どこにでもというわけにもいかない。誰か取りにきてくれるなら差し上げます。朝9時過ぎ、市会議員Tさんが黒の愛車オンボロ・クラウンを駆って報せをもってきた。
 
     ☆道東の紋別市にはかつて魚介類の加工工場が林立し、日持ちのよくないスケソウダラは主にカマボコに加工されました☆
 
 「だっぺよ、木箱単位のスルメイカだべさ。水揚げされたばかりっていったって、木箱に20パイありゃあ、煮炊きものに使っても家族で食べきれんし。スルメイカじゃ刺身にむかない、干物にするにもタイヘンよ。場所もいる、カラスの番しないとあんべえ(按配)よくねーし」。
 
 できれば5箱以上、10箱くらいは引き取ってもらいたいと望んでいるそうな。「ここなら庭は6000坪あるし、10箱でも内地に送りゃ引き取り手もあるっぺ。会長(私のこと)、一夜干しすりゃ日持ちもする、味もよくなる。内地に送っても珍しがられるしさ。わっちが行くから引き取ってもらえないか、10箱ほど」。
 
 イカの天日干しに絶好の秋日和(10月上旬)、晴天で適度の風もある。道具の設定は蒲団屋とやると言うので気安く引き受けた。1時間ほどでもどってきたTさんと蒲団屋は、「昼飯前のひとはたらき、ぼっこ(木)は庭の古木抜きゃいいべ。干し終わったらもとにもどしとくさ」とか言いながら作業にとりかかろうとした。
 
 庭の花壇担当Nさん(60代半ば 女性)が、「なに言ってんだ、抜いてもとにもどせばいいってもんじゃないよ。本館の裏に物干し台が4本ある」と言う。
 
 物干し台にありあわせの紐をとりつけ、側面は透明のビニール(裏庭の物置に温室用が残っていた)で保護し、天日干しゆえ天井のない簡易イカ干し場が30分後にできあがった。蒲団屋が「テント張るより時間かかった」とつぶやき、「なんも、なんも、簡単だべさ」と市会議員が言う。
ようすを見に来たSさん(70代前半 女性)、落石町の里子おばさん(60代半ば)のどちらかが、「200ぱいのキモとスミをとって水洗いするのにどのくらい時間かかるかわかってるのかい。まだ塩もしてないよ」と言った。
 
 市会議員も蒲団屋も私も、男の仕事ではないとも言えず、それはそれはという面持ち。手伝いましょうかと言っても返ってくるのは「わっちらの仕事だ」に決まっている。「ぼっこ建てて終わりじゃないよ。秋の天気は変わりやすいからね。Tさんも蒲団屋さんも干すの手伝いな。会長さんひとりじゃ倒れてしまうよ」とSさん。
 
 甘くみられたものだと言いたいところであるが、当たっているだけに何も言えない。1988年10月、40歳前というのに紋別の中高年に較べると体力のなさは自信があった。「会長さんの好みに合わせて塩は薄いほうがいいだろ。甘塩にするからね」とつづける。
 
 里子おばさんが、「カラスの番、誰がやるんだい?」と言う。男たちは一瞬沈黙。「そりゃ、やれる人がやるっぺ」とTさん。「なに悠長なこと言ってんだい。見張ってなきゃいけないんだよ。ヒマな市会議員っていったって、昼間からビール飲んで居眠りするような人はお呼びじゃないよ」とTさんを睨む。
 
 「会長しかいないでしょう。まじめにカラスの番してくれるのは」。いつのまに来たのか、横から花園町の伯父がクチをはさむ。「ダメだよ、電話かかってきてもすぐ出れない(携帯電話のない時代)し。街に出る予定もあるから」と私が言うと、「カラスが来る前に交代すればいいじゃないか」とノーテンキな伯父。
 
 数年前、秋から初冬まで約4ヶ月行けない時期があった。そのあいだ伯父は費用を払うわけでもないのに無断で本館横にある池の底をセメントにした。
泥にもぐれない鯉がミンクの夜襲をうけて全滅。工事屋が「コイがやられちゃう」と言ったのに強行突破、「食べられちゃコイも文句は言えない」と母や私たちを唖然とさせた伯父だ。紋別の花札仲間からは「ウマシカチョウ」と呼ばれている。イノシカチョウではなく、馬、鹿、蝶。
 
 「カラスも会長がトンビになればイカをつつきにこないよ」と里子おばさん。やかましいカラスに石を投げたら、翌早朝、白河夜船の私の眠る別館(平屋)トタン屋根を集団で叩かれ、大音響に驚いて飛び起きた。急いで着がえて外に出ると、勘三郎が10羽ほど飛び去った。
その話をしたら里子おばさんが、「カラスはね、トンビが見おろしていれば、よほどのことでもないとおとなしくしているんだよ。ほれッ、あの上にトンビいるだろ」と指さす。さっきからトンビが電柱のてっぺんにとまっていた。「堂々としてりゃカラスも位負けするんだよ」。スルメイカの下にいる私を見おろすのはカラスではないか。
 
 北電を定年退職したマチヤさんが庭の畑を丹精込めて耕し、夏のあいだ毎日「水やり」をして育てた数百個のカボチャ。
9月の収穫後の乾燥(1週間)ですっかり甘くなったカボチャ数十個にさんざん穴をあけたのは奴らである。マサカリという別名もある糖度の高いカボチャに穴をあけるとは。カラスのクチバシはそんなに強いのか。
 
 道東の10月は内地の12月。太陽のありがたさがわかる。陽が西にかたむくころ寒さが増してくる。日没にはカラスもねぐらにつく。それまでの辛抱、夜は干したままでも問題ない。夜間、キタキツネが飛び上がって盗られる心配はあったけれど、そうなったらそうなったである。200匹のイカの下、折りたたみイスに坐って空を見上げているというのもそうは経験できない。あきらめは早いほうがいい。
 
 見張りをして20分もしないうちに茶葉販売店(兼プロパンガス販売)のNさんがやって来た。いつもより2時間は早い。いつもは車を駐めたらさっさと本館へ行くのに、天日干し会場へ近づいてくる。話しかけるふうでもあり、そうでもないふうでもあり、結局きびすを返して本館へ入っていった。
それからまもなく電気工事店主のヨシダさんが来た。車を降りて近寄り、「きょうは暖かくていいね」と言って本館に入っていく。
 
 次に来たのは家具店経営のイトウさん。「会長には似合わないね、カラスの番。そのブルゾン、いい色、暖かいでしょう。バックスキンの靴と同じ色で、あまり見ない色だ」と言い本館に向かう。
バックスキンではなくただのスウェード。色は鶯色っぽいモスグリーン。茶の一杯でも飲んでいるのかと思ったが、みな数分で出てきて帰っていく。
 
 役目を終え、冷えた身体をリカバーするためコーヒーを淹れる。コーヒー党の里子おばさんも楽しみにしている。飲みながら里子おばさんが言った。「ふだん来ないヨシダさんやイトウさんまで来たでしょ。会長がどんな顔してカラスの番してるか見にきたんだから」。

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