2019-06-12 Wed
チェスター動物園をつくろう

 
 思い出の映画やドラマを数年後もう一度みる。前回気づかなかったことに気づく。役者のうまさ、演出のすばらしさに再び感動する。一度みたドラマをみない人、一度行った場所に行かない人は多い。
時も人も移り、めぐる。あのころといまでは人生も微妙に変化している。経験が人間を分厚くするのだ。さまざまな経験をへて再度みれば感慨は深まるかもしれない。
 
 50歳を過ぎたころ特に思うようになったのは、本邦制作の映画・ドラマは一部の時代劇を除いてこれはといった作品が見当たらないということである。理由を数え上げればきりがないが、要するに観賞に堪える脚本、演出、俳優などが少なすぎるということだ。
 
 なにもかもが安直で薄っぺらで見えすいている。ストーリー展開があまりにもお粗末。感心も充足も驚嘆もなく安手のコントをつなぎ合わせたような筋運びは「いだてん」である。
勘九郎が主演ということで1月の放送分をみたけれど、おもしろくもないコントをつなぐだけで40分持つと脚本家や制作者は思っているのだろうか。脚本がわるいと役者は役のハラをつかみそこなうか、つかんでいても持続しない。そして役者は仕所を失い、つぶれる。誰にでもわかることだ。
 
 2月以降はみる気もせず、みていない。芸達者・役所広司はせりふをいうだけで息をしていない。脚本担当の交代がなければ誰が出演しても結果は同じ、稚拙で評にかからない脚本は単発ドラマだけにすべきであったろう。
 
 先日、2015年4月WOWOWで放送された「チェスター動物園をつくろう」全6話(各50分ほど)のダビングBDを4年ぶりにみた。秀逸ドラマは発想力に富み、工夫に満ちている。舞台は1930年代初め、世界恐慌の余波おさまらぬイングランド・チェスター郊外、保守的な住民が趨勢を占める。
家族のすばらしさを描くとしても、家族は必ずしも協力するとはかぎらない。同意することと味方になることは別である。祖母、妻、長女は各々考え方も異なり、動物園を開くべく奮闘する父親と対立する。しかし祖父と次女は父親の味方。
 
 家族でさえそうなのだ、まして他者となれば同意しても味方になってくれないことがある。味方になっても同意しないことがあるように。人間関係は複雑で利害関係は奇っ怪。好意は互いを円滑にし、信頼は同意を生むけれど、立場の違いが気持ちを阻む。それだけではない、嫉妬が邪魔することもあるだろう。
 
 動物園開園は困難に次ぐ困難。理解を示した中年銀行員のおかげで融資を取りつけたが、返済のめどは容易につかない。小さな町の住民が束になって開園反対の署名活動をおこない、町議と牧師が先頭に立って町民を煽動する。ああすればこう、こうすればああのいやがらせが続く。
 
 当初、反対だった妻は積極的に夫を助け、動物嫌いだった長女も父の熱意に心を打たれる。家族の先行きが心配で対立していた祖母もヒマラヤグマの妊娠に気づいたことで氷がとける。家族は全員うまいが、動物好きの次女(小学生)のうまさが傑出。
 
 時間をかけて熟成し、見事に編集するのが英国産連続ドラマの真骨頂。全6話約300分を3日がかりでみた。あっという間だった。
いつかどこかで記したように、人間にも動物にも領分がある。家族にもそれぞれの領分があって互いに反目したり尊重しあうけれど、いざというときは自分の領分を犠牲にしても協力を惜しまない。そういう姿勢を示せるのは、家族の誰かが全身全霊で敵に立ち向かっているときである。
 
 祖母は老婆心からなのか息子の取り組みに対して消極的になっている。息子が正しいとわかっていても町民すべてを敵に回せば収穫はない。祖父はしかし息子を支えながら、勇気をふるってこそ家族は救われると思っている。第一次大戦に従軍し、心と身体に深い傷を負った長男の力にならねばならない、戦死した次男のためにも。
 
 ドラマに登場する家族も動物も生き生きしている。ステキな家族に協力するステキな隣人もいる。彼女は過去から立ち直れず郊外の屋敷に引きこもっている。だが彼らの勇気ある行動に同調し、娑婆に復帰しようという勇気を得る。七転八倒しても立ち上がる隣家の人々の不撓不屈の精神に心を動かされるのだ。
 
 サル、ラクダ、ペリカンなどのユーモラスな動作はドラマの緊迫をほぐし、みる者に明るい気分をもたらす。どういうシーンに出てくるかみてのお楽しみ。と言いたいところだが、放送は4年前に終了し、再放送も終わった。
見逃した人は、再々放送をWOWOWがやるかどうか定かではないとして、せめてその月だけでも視聴料を支払って(当月は無料。翌月1ヶ月分のみ支払い退会する)みるという手もある。
 
 いつかどこかで書いたように「みるは一時の損、みぬは一生の損」。「チェスター動物園をつくろう」は数年に一度あるかないかの名作である。BDにダビングしていてよかった。
主人公ジョージ・モーターズヘッドをやったリー・イングルビー(Lee Inglleby)は生涯の当たり役にめぐりあい、次女オナー・ニーフシー(Honor Kneafsey)は利発で勝気な役のオファーが続々と舞いこみ、「マイ・ブックショップ」のアルバイト少女など見事にこなしている。