2025-11-17 Mon
スペンサー ダイアナの決断 英2021 2025年11月15日WOWOW
 
 1997年8月31日パリ、交通事故で亡くなったダイアナ妃の1992年クリスマス前後3日間を描いている。主演クリステン・スチュワート生涯の当たり役。オファーを受けた女優の心意気を述べたい。
 
 ダイアナ妃を知らない者はいない。アフリカ、インドなど開発途上国の僻地を奉仕活動のため休む間もなく歩いた。おざなりではなく心から欲し、誠実に接した。
ダイアナ妃の死後、英国やヨーロッパ諸国のドラマ、ドキュメントのなかで彼女は生きている。ダイアナ妃は王太子妃という存在のみならず歴史上のヒロインであり、愛される女性の象徴である。
 
 演じるにあたってクリステン・スチュワートの覚悟と極度の緊張は想像を絶したと思われる。一瞬々々手を抜いてはいられない。愛されるヒロインは同時に痛ましい女性だ。
ふたりのダイアナを演じ分けるのは生やさしいことではなかったろう。ダイアナ妃の魂よ、乗りうつれと天に祈りたい気持ちだったかもしれない。
 
 心を病んでいても品位を失墜させてはならず、叫びたい気持ちをこらえ、落胆しながら優美な面影を保つ。
それでどうなったかというと、一コマ々々の仕種、表情、歩き方、後ろ姿に至るまでダイアナ妃の再現。あたかも魂を呼び込んだかのごとく。ダイアナ妃が着用した衣裳と同じものを担当デザイナーが作っている。次々と替わる衣裳も見事だが、衣裳を身体の一部のように着こなす女優に息を飲んだ。
 
 映画の冒頭、ポルシェを運転しイングランドのカントリーサイドを走っている。赤とグリーンの格子模様のジャケット。道に迷って王室主催の昼食会に遅刻。そんなときにも悪びれないところがダイアナさんらしい。言い訳したり謝ったりは彼女の流儀に反する。
列席の面々は無視するかのように平静を装う。だれか一人くらいは、「イソップのうさぎみたいに昼寝したのかい」と冗談を飛ばしてもいいようなものだが、みなさん紳士と淑女、黙って様子見する。インテリには理解できっこないだろうが、沈黙はいやみなのだ。
 
 共演者は、将校から転じた執事をティモシー・スポール(映画「ターナー」&「否定と肯定」)、料理長をショーン・ハリス(「ミッション・インポッシブル」)、サリー・ホーキンス(「ロスト・キング」&「しあわせの絵の具」)ほか。主な共演者は英国の俳優、主演のダイアナ妃のみ米国。
 
 米国人が英国人を演じた映画は多くみてきたが、成功例はきわめて少なく、クリステン・スチュワートにも期待していなかった。予想はずれの上々の出来に驚いた。
役づくりに女優が賭けた熱意と途方もない工夫は報われ、みる者を釘付けにする。しかし彼女に主演女優賞は与えられない。なぜか。みる側はリアルなダイアナ妃に好意的であったとしても、王室関係者はどうか。チャールズやカミラは。
 
 生粋の英国役者は総じて芝居がうまい。ティモシー・スポールだからこそクリステン・スチュワートが一段と引き立った。ティモシー・スポールが「否定と肯定」でみせた丁々発止のやりとりが忘れられない。仏頂面が絵になる役者は稀少。
 
 ダイアナ妃は「アン・ブーリン」に関する伝記を読む。誰かがダイアナ妃に読ませるために置いたのだ。アン・ブーリンの幻影が出ては消え、消えては出、語りかける。
ヘンリー8世に人生を変えられ、悲惨な最期を遂げたアン・ブーリンをダイアナ妃は自分に重ねる。16世紀のイングランド王朝、ヘンリー8世に振り回された人々を知る者にとって、短いシーンでも寓話めいておもしろい。
 
 ダイアナ妃が摂食障害(過食症と拒食症)で苦悩したことや、鬱病(情緒不安定、人格障害)と疑われるシーンは王室が嫌悪するだろう。だが、息子2人との対話場面はユーモアに満ち、良き母、よき子どもを感じ、ほっとさせる。
 
 国王として単に君臨し、気取ったチャールズ3世は早々に退位してウィリアムに国王の座をゆずるべきだ。ウィリアムが国王になればカミラは王太后でさえない。ただの元王妃である。
ダイアナ妃と較べて現国王と王妃もは心からの熱意と思いやりに欠ける。映画のなかにほんの少しだけカミラが出るシーン(女優の名は知らない)がある。その表情たるや裏表のある女性特有で品もなく、いかにもカミラ。
 
 ダイアナ妃がいまも人気を誇っているのは、不幸な生い立ちにもかかわらず、不遇の結婚生活にもめげず後年、地雷の除去や人道支援活動に貢献したことが高く評価されているからだ。学生時代からボランティア活動にいそしんだ。こういうことを言うのも何だが、メディア報道も役に立つことはある。
 
 ダイアナ妃付きの召使いマギーをやったサリー・ホーキンスがうまい。聡明で機知に富み、ダイアナ妃の話相手となってくれる年上の女性。彼らの親しげな間柄をひきさく者がいる。
映画で特定していないけれど、自分勝手な夫チャールズだろうと推測できる。そうならなおさら王室関係者は具合がよくない。映画は明らかにダイアナ妃の味方。みる者も彼女の味方。
 
 チャールズとカミラよりヘンリーとメーガンのほうがひどいではないかという意見もある。その通りで、あの2人は論外、評にかからない。特にメーガンは天然でわがままのかたまり。王室から追放されてすっきりした。
 
 ダイアナさんと結婚する前にチャールズと関係があり、その後も関係の続いたカミラ。ダイアナさんとの婚姻成立前、チャールズが女王に泣きついてカミラと結婚していれば、私たちはダイアナさんのことを知らず、ドラマは生まれていない。
別の生き方もあったが、この生き方しかできなかった。主演女優はそういうことも念頭に置き、複雑な心境を抱いて役にのぞみ、表現する。役者の心意気である。
 
 マギー(サリー・ホーキンス)はダイアナ妃に言う、「あなたに必要なのは医者ではなく愛」だと。ふたりが北海沿岸の雑草が生い茂る浜辺で語り合う場面もよく、ほとんどのシーンで撮影、カメラワークが秀逸。イングランドの美しい風景に興味のある人にも勧めたい。
 
 数秒と短かったが、ダイアナさんの少女時代、チェックのブルーのスカートにベージュのコート、ニット帽を着用し、水色の自転車に乗る姿、そして、えんじ色のVネックセーター、白シャツにえんじ色と白の縞模様のネクタイを着用、グレーのスカートと長い髪をひるがえして全力疾走する姿。
30年前、テレビでみた映像。ふたりの少女はダイアナさんの子どものころをほうふつさせる。ほんとうによく似ていた。最も印象に残ったダイアナさんだった。