2025-01-03 Fri
ポトフ 美食家と料理人 仏2023 2024年11月22日WOWOW

 
 映画館に行かなくなって4年11ヶ月が経過した。これはみたいと思っても梅田まで出る気にならず、そのうちWOWOWで放送するだろうとあきらめる。2024年の締めくくりにふさわしいフランス映画を11月下旬にみることができた。「ポトフ 美食家と料理人」の主役ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・マジメル。
 
 「ポンヌフの恋人」(1991仏)に主演したジュリエット・ビノシュは当時25歳。失明の危機に瀕した画家を切なく、しかし清々しく演じ、フランスの映画界を背負っていく女優があらわれたと実感した。共演のホームレス青年をやったドニ・ラヴァンも出色の出来だった。
 
 映画を見終わってすばらしさに感嘆、目録を買い、ポンヌフ(新しい橋の意=セーヌ河に架かっている)の橋も、そこから見えるほかの橋も、パリの町さえもセットであると知って驚愕した。南仏カマルグの小さな村ランサルグに橋、建物など巨大なセットをこしらえたのだ。
建設費用をまかないきれず撮影は何度も中断、結局3年がかりで完成したという。若いころのビノシュの代表作であると同時に、1990年代フランス映画の名作。
 
 93年製作の「トリコロール3部作」青の愛でもビノシュは主演した。青、白、赤は3色旗の色。「青の愛」より「白の愛」と「赤の愛」のほうが出演者の芝居がすぐれ、作品的にも勝っていた。それでも、青がなければほかの色も成り立たない。
 
 ビノシュは「イングリッシュ・ペーシェント」(1996)、「ショコラ」(2000)、「トスカーナの贋作」(2010)など多数の作品で芝居をみがいてきたフランス映画界随一の女優で演技の幅は広いが、2010年以降の作品はぱっとせず、コメディ(2020「5月の花嫁学校」)は苦手。往年の魅力は影をひそめ、その分円熟で勝負できるかどうかが「ポトフ」のポイント。
 
 19世紀の終盤を時代背景とする映画の前半は料理をつくるシーンに終始する。食材を水洗いし、切り、フライパン、鍋、オーブンを使って肉料理、魚料理、野菜料理を縦横無尽に完成させる。見たこともない魚や野菜が出てきて興味をそそられ、できあがった一皿は見るからにおいしそう。
ビノシュは名高い美食家料理人(ブノア・マジメル)の下で調理しているが、ふたりの関係に上下はなく、互いの腕を認めあっている。料理はもっぱらビノシュの担当で、手際よく、スピーディに、熱っぽく華やかに調理する映像が何度も流され、テレビの料理番組のように出演者のおしゃべりもなく、たかが料理とタカをくくっている者を徐々に惹きつけていく。
 
 マネの「草上の昼食」再現のような森でおこなう午餐会や、夕方のオレンジ色、金色に照らされ、雑草がかがやく森を歩くシーンのカメラワークはさすがフランス。こんな美しい風景のなかを散策できれば幸せ。
 
 ブノア・マジメル演じる美食家は18世紀〜19世紀に「美味礼讃」(岩波文庫)を著したブリア・サヴァランがモデルであるという。サヴァランは同時にフランス革命政府において地位の高い役人でもあったせいか、著書は鼻につく文言を書き連ねている。「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人か言い当ててみせよう」とか、「国民の盛衰はその食べ方いかんによる」とか。
 
 しかし映画「ポトフ」に描かれる美食家はサヴァランと違い、謙虚で感じがいい。自分より腕のよい女性料理人の活躍を歓迎している。味覚も嗅覚も自分より優れていると思えるからだ。人は体験以上のものを得ることはない。千のレシピを知っていても実践しなければ単なる知識。「ポトフ」は映像で語りかける。調理のシーンが多い所以である。
 
 大鍋に野菜を放り込み、肉をいれる。ポトフは、おそらくはオスマン・トルコ皇太子(映画ではユーラシア皇太子)のためのメニューの一部。試作品をつくるシーンがあり、皇太子に供出するシーンはないけれど、必要ないだろう。視聴者が食べてみたいと想えばそれでよし。
 
 少女ポーリーヌ役で新人が登場。美食家に味覚を試され合格。ビノシュのつくったデザート(ノルウェー風オムレツ)を食べて感激のあまり涙を流す。後進として逸材であることが容貌と芝居から感じとれる適役。物語に幽かな変化をもたらす。
円熟したビノシュが久しぶりに真価を出した。鍋やフライパンに目が釘づけになった作品は初めて。「デリシュ!」(2021仏)に続き、美食の国フランスが世界に放つ秀作である。