2022-09-07 Wed
ライラの冒険 黄金の羅針盤 米2007 2008年公開
 
 「ライラの冒険 黄金の羅針盤」が日本で上映されたのは2008年3月だった。ライラ役ダコタ・ブルー・リチャーズが鎧熊(よろいぐま)にまたがって走るスティール写真を見てみにいかねばと思った。羅針盤がどう使われるのかに興味もあった。
 
 共演は007ジェームズ・ボンド役ダニエル・クレイグ、「めぐりあう時間たち」のニコール・キッドマン、「キングダム・オブ・ヘブン」のエヴァ・グリーン。英国の名優デレク・ジャコビ、ジム・カーター、トム・コートネイ、クリストファー・リーなど錚々たる顔ぶれ。みなければなりません。
 
 ダコタ・ブルー・リチャーズはオーディション(1万5千人の応募)がおこなわれた当時12歳。ライラは11歳で、いわゆる美少女でも模範生でもなく、いきあたりばったりだが冒険心に満ち、芯の強い子ども。再びライラに会うためDVDを買う。
 
 原作「ライラの冒険」(原題「His Dark Materials」)3部作の第1部「The Golden Compass」に使われる羅針盤は一見懐中時計のようでもあるが、人間の現在未来を伝える。解読に膨大な時間がかかる手引き書をまったく読まずライラは羅針盤を使う能力がある。羅針盤=真理計。
 
 原作は読者の想像力に訴え、読者は想像力を存分に発揮できるという利点があり、映画より原作のほうがおもしろいという人は多い。おおむねインテリと称する人たちである。
読書は積極的行為、映画鑑賞は消極的行為だと言い放つ人もいる。おおっぴらに彼らは言わないが、文学は高尚で映像は低俗であるという固定観念ゆえに彼らは映画やドラマについての会話を避ける。映画をみて◯◯◯◯へ旅する気になったと発言するのはある種の恥とみなしている。
 
 インテリは自分が少数派だという考えにしがみつく。文学人口が映画人口より多ければ映画にしがみつくだろう。
 
 戦中戦後、大の映画好きの昭和天皇は皇居にスクリーン、映像機器を設置され、夜な夜なご覧になっていた。旅行ブームに貢献したのは文学ではない、映像である。ベストセラーといってもせいぜい何百万、テレビ、映画は何億人。映像は旅を促すのだ。そして旅は思索をはぐくむ。気取り屋のインテリの言葉は退屈と陳腐。
 
 映画は原作に描かれた登場人物をキャスティングし、舞台をどのように設定するか、小道具をいかに精巧につくるか、鎧熊はどうするか、音楽はなど、最後の編集段階までに費やされる時間と経費は膨大である。
 
 予算、想像力、役者、技術などの結集がわくわくする映画には必須。予算は潤沢なのに手を抜いた映画はすぐわかる。脚本が粗忽だと役者はやる気が出ない。役者を高揚させるのはすぐれた脚本、そして監督である。傑出した役者は、脚本がよくなければオファーを受けないのでは。
 
 ライラの冒険の前に上映された一連の「ハリー・ポッター」シリーズもおもしろい。家族で愉しむならハリーポッター。しかし主人公の個性とストーリー展開を愉しむなら「ライラの冒険 黄金の羅針盤」。
落ちぶれて鍛冶屋の下働きをしている熊が活躍したり、悪女が娘の危機を救うシーン、危険な目にあってもそのたびに立ち上がるライラは、苦境に立つ人間のあるべき姿を示してくれる。自分はそうなれなくても一時の夢をみさせてくれる。
 
 この映画のようにある種古典的で、おとなの鑑賞にたえる冒険ファンタジー映画がすくなくなった。当世の若者、子どもはアニメーション映画で満足している。製作者は、古典的で本格的な冒険ファンタジーは集客力が弱く、カネにならないと考える。アニメ映画は低予算でも可能。
若い客は役者の芝居に興味なく、よくできたアニメ動画に人間の感情が表現されるとみなす傾向があるようで、世の中を安易に考えていないと思うけれど、20世紀末から顕著になった仮想空間と現実の識別を怠っているような気がする。
 
 14年前の映画はキャスティングもテンポもよく、上映時間110分はアッという間。出演者のなかで最も印象に残ったのはライラと鎧熊だった。
 
 この夏、おそまきながら「ライラと黄金の羅針盤」が新たなキャスティングで2019年11月テレビドラマ化されており、DVDもすでに発売ずみということを知って、全8話7時間40分という長編ドラマはどのようなものか興味が湧き、2022年8月購入した(BD2枚組)。
ライラ役、魔女役(エヴァ・グリーン)、ジプシー役、悪役などほとんどの役は映画のほうが上なのだが、ライラの母親役をルース・ウィルソンがどう演じるかみたかった。110分の映画ではわからない詳細がわかって正解。
 
 映画とドラマに共通しているのは、役者とスタッフの気迫を感じたこと。たかが映画(ドラマ)、されど映画。アドベンチャー・ファンタジーは不滅だという気持ちにさせてくれる作品です。
 
             「ライラの冒険 黄金の羅針盤」のライラ役ダコタ・ブルー・リチャーズと鎧熊。