2022-05-03 Tue
ブラス!

 
 
 英国映画「ブラス!」(1996 英米合作)をみたのは1997年12月。「父の祈りを」(1993 英愛合作)でダニエル・デイ=ルイスの父親をやったピート・ポスルスウェイトが主演し、「ウェールズの山」(1995 英)のタラ・フィッツジェラルドが共演するのでみにいった。
そのころみた文芸作品「エマ」(1996 英)にユアン・マクレガーが出ていたけれど、印象は薄く、名前は記憶に残らなかった。タラ・フィッツジェラルドはコメディもこなす女優。ピート・ポスルスウェイトは名優ダニエル・デイ・ルイスより存在感があり、一度見たら忘れない顔。上のチラシでタクトを振っている。
 
 ブラスバンドのメンバーは全員が炭鉱労働者もしくは退職者で、楽団の指揮者(ピート・ポスルスウェイト)も退職者。坑道で石炭を掘るシーンと吹奏楽器を吹くシーンが対照的。時はサッチャー時代、炭鉱業が斜陽化し閉山の危機にさらされている。
 
 映画の原題「Brassed Off」のBrassedは「怒った」の意(グランドコンサイス英和辞典)。Offがつくと「飽き飽きした」、「うんざりした」という意味らしい。サッチャー政権は廃坑を掲げ、怒る労働者に退職金の増額を示す会社と、賛否が分かれる労働者。ブラスバンド大会準決勝がハリファックスで開かれる間際、楽団員の結束は風前の灯火。
 
 故郷の炭鉱町(ヨークシャー)に帰省したグロリア(タラ・フィッツジェラルド)は退職希望者・実態を報告するため炭鉱会社が派遣したのだが、労働者側に立つ。彼女は楽団の練習に参加し、みなの諒解を得て「アランフェス協奏曲」をトランペットのみで演奏する。これを聴くだけでも「ブラス!」をみる値打ちがあるというものである。
 
 25年ほど前、映画館でみたとき印象に残ったのは指揮者とトランペット奏者、そしてトロンボーン奏者の男優。後年、英国のテレビドラマ「主任警部アラン・バンクス」が刑事ドラマの白眉というべき名作で、主役バンクスをやった男優が「ブラス!」のコミカルなトロンボーン奏者とは気づかなかった。
 
 今回「ブラス!」のDVDを買って、バンクス役のスティーブン・トンプキンソンの芝居を確認したかった。それがなんと、芝居のうまさはピート・ポスルスウェイトに匹敵する出来だった。借金の肩に家財を没収され、それでもトロンボーンを吹き、副業の出張ピエロを続け、妻は4人の子ども連れて家を出、家庭は崩壊寸前。
主な出演者の芝居とユーモアはさらっとした香辛料、わざとらしさがない胡椒味。次の展開がどうなるかワクワクしするストーリー。すぐれたドラマは次回何を言うか、会うのが楽しみな人間と同じで魅力的なのだ。
 
 準決勝を勝ち抜いた楽団。指揮者はロンドンのアルバート・ホールで開かれる決勝をめざすが、楽団のメンバーに経費3000ポンドの捻出は難しい。誰がどのように対応するのか。演出も展開も自然で、役者は秀逸。感動をもたらさないわけがない。
 
 ここ2年あまり、日本で公開される洋画にはこれといったものがないように思える。それだけではない、WOWOWなどでテレビ放送される洋画も低調。一度みた過去の洋画をみるほかないという現状が改善されるのはいつなのだろうか。