2022-04-13 Wed
ジャン・ロシュフォールの遺作

                 フランス映画 「父はフロリダを夢見て」。父役ジャン・ロシュフォールと娘役サンドリーヌ・キベルラン。
 
 
 フランスの名優というより、洋画ファンにとってフランスの宝といっても過言ではないジャン・ロシュフォール(1930−2017)の遺作「父はフロリダを夢見て」(2015 仏)が2022年3月27日WOWOWで放送された。日本未公開。
 
 当時の実年齢84歳のロシュフォールが認知症の父親を演じるとどうなるか。ロシュフォールにオファーしたのは舞台劇「ル・ペール」(父)にないおもしろさを出すには彼を起用するほかないとスタッフが考えたからだろう。
原作を読んでいないので確かなことは言えないまでも、2020年の映画「ファーザー」(英仏米合作)よりおもしろいに違いない。ふたつの映画を見比べると、好みにもよるだろうけれど差は歴然。ただし身近な話として理解できる65歳以上の高齢者に限る。
 
 「ファーザー」の主演アンソニー・ホプキンスはうまいが、軽妙さを欠き、深刻すぎてドラマが重くて疲れる。ジャン・ロシュフォールはほかの名優では表現しえない独特の味を持っており、各シーンを自在に演じ聴衆の目を釘づけにする。
 
 「ファーザー」の舞台はロンドンの住宅内だが、「父はフロリダを夢見て」はレマン湖畔ローザンヌでロケをおこなったところもいい。人の一生は光と影、死ぬまで影ばかりという人はいないだろう。ということを美しいレマン湖の時刻の移りかわりであらわしているように思える。
 
 映画化にあたってロケ場所をどこにするか、原作とまったく異なる場所を選んだ場合、ストーリー展開をどうするか、そういうことも楽しみなのだ。気むずかしい老人だけが老人ではない、ひょうきんでコミカルな彼は介護人の上前をはねる。次に来る介護人(ルーマニアの女優アナマリア・マリンカ)は中年だがチャーミング。介護人の対応と老人の出方がおもしろい。
 
 いかんせん認知症の老人であるから衝動的に行動し、思わぬ事態を招く。それがまたこの映画の脚本、演出のうまさで、ジャン・ロシュフォールの個性が十分発揮されるところでもあり、初めて彼をみる人を引き寄せるところでもある。
悲劇が喜劇であるなら、喜劇も悲劇となり、悲劇と喜劇は背中合わせという陳腐な結論になってしまうが、人生の実相は悲喜劇だということをジャン・ロシュフォールほど巧みに、滑稽に、何の矛盾も感じさせず自然に演じる役者はいない。
 
 「髪結の亭主」(1990)、「パリ空港の人々」(1993)で奥深さをみせてくれた。「パリ空港の人々」はシャルル・ドゴール空港からフランス入国するはずが、パスポート、財布を盗まれて入国審査でひっかっかった男。空港内には入国できない男2名、女1名、男の子1名が生活している。
男は図像学者で主に紋章を研究しているというが、文化人類学にも明るく、言語学にも精通していると思わせるシーンも出てくる。そういう設定を意外と感じさせないジャン・ロシュフォールの魅力。こういう味を出せる人がいなくなった。
 
 「父はフロリダを夢見て」は娘2人の父親。長女は会社経営からリタイアした父に代わって経営に携わるかたわら自宅で父の世話をしている。父は長女ではなくフロリダに住む次女を愛しており、常々米国行きを考えているのだが、日常生活は現実と妄想がいったりきたり。うっかりすると私たちも認知症に付きあわされるので、境界を選別しなければならない。
 
 返す返すも惜しい。そう思うとジャン・ロシュフォールの主演作をみたくなり、「パリ空港の人々」をみた。コメディとは違う味わいの「ふたりのアトリエ」、主演ではないが、独特のとぼけた役をやっている「メルシィ!人生」を久しぶりにみる予定。