2021-06-14 Mon
フランス組曲
 
 「フランス組曲」は2014年製作の英仏ベルーギ合作映画である。いつだったかWOWOWで放送され感動しダビング。一年前にまたみて、今回(2021年6月半ば)また々々みた。主演ミシェル・ウィリアムズ会心の作品というだけでなく生涯の当たり役である。彼女はさまざまな役を演じているが、「フランス組曲」は顔つきが違う。
 
 共演者に英仏の名だたる演技派女優がそろった。原作、脚本、撮影、音楽がすばらしい。1940年代初頭のフランスの片田舎を舞台にした映画(上映時間106分)は濃密なのにテンポがよく、アッという間に終わる。
原作者の死後60年以上経った2004年に発表された小説「フランス組曲」(Suite Francaise)はベストセラーとなり、570頁(翻訳新装版 白水社)にも及ぶ原作の第二部が映画化された。
 
 米国テレビドラマ「アフェア」の女性主人公アリソンを好演したルース・ウィルソンは農婦そのもの。町長役のランベール・ウィルソンもうまい。出演者全員がいい芝居をやっている。
 
 英仏の映画は光の使い方が見事。「フランス組曲」は光と影にまぎれるシーン、富豪の舘、農家の室内照明が、ほの暗いがゆえに立体的。残酷さが強調されるときは明るく、密かに脱出するときは暗く、しかし明るすぎぬよう、暗すぎぬよう。残酷さをB級映画のごとく強調しすぎぬよう。
 
 役者の目の動きは芝居に反映される。まばたきひとつで上手下手がわかる。自分の内面をみつめる目を表現できるかできないかが役者の分かれ目だ。
 
 1940年、フランスの小規模農業従事者の多くは地主から土地を貸与されていた。そして借家住まいの町民も少なからずいた。収穫、収入が著しく少なくても賃料を何ヶ月も未納にできない。生活は切り詰められた。
畑で実った作物や家畜を占領軍(ナチスドイツ)に供出しなければならず、しかし当面、困窮と無縁の土地所有層は気楽なものだと彼らは思っている。
 
 第二次大戦を前面に押し出さず、フランスの田舎に進軍したドイツ兵と住民との関わりかた、富裕と貧困、各々の層の生活者につきまとう苦悩を重すぎず軽すぎず、さりげなく描く。
 
 ミシェル・ウィリアムズの姑は土地所有者である未亡人で、一人息子は従軍中に敵側の捕虜になった。未亡人は嫁に対して厳しい。舘の2階をドイツ軍中尉が借りたいと申し出る。拒否できる立場ではない。
 
 2階の1室にピアノがある。中尉が「あなたのピアノですね」と言う。彼女が「なぜわかったの?」ときく。「夫人はピアノを弾くようには見えない」と彼がこたえる。ミシェル・ウィリアムズの父が買い与えた思い出のピアノ。
姑は息子が帰還するまでピアノを弾いてはならぬと言い渡しているのだ。まもなくピアノの音がきこえてくる。将校の弾く音色は澄み、切ない調べは心に響く。聴いたことのない曲と彼女はつぶやく。ドイツ軍中尉は感性豊かな人格者だった。
 
 映画の最初、都市部から農村へ逃げてきた人々が農地を歩くシーンに敵機からの銃撃があったのと、町長夫人のウソが大きな波紋を巻き起こすことになるシーンに戦争を感じたが、第二次大戦にありがちなアウシュビッツも、◯◯作戦の△△の戦いもなく、主人公の人生転換描写も自然。
 
 姑をやったクリスティン・スコット・トーマスは儲け役。理由は映画をみればわかる。家の召使い役にクレア・ホルマン、賃借人のひとりにデボラ・フィンドレィなど、そこにいるだけで存在感のある女優も出ており、個性的な若手(2014年当時)マーゴット・ロビーもいる。ミシェル・ウィリアムズの気合いが入るのも当然。
 
 ルース・ウィルソン演じる農婦の夫への愛は見落とせない。妻がドイツ兵に辱めを受ける危険が高まるのを黙認できず、取っ組みあいとなり兵士の銃が暴発。夫は夜陰にまぎれ森に逃亡する。
妻は夫の行方を知っている。ドイツ軍に連行される。陳腐な拷問シーンはなく、釈放後の妻の顔が映され、口を割らなかったと顔に書いてあり、ルース・ウィルソンの芝居が冴える。
 
 最終シーン、パリへ向かう田園の一本道を運転しながらミシェル・ウィリアムズの追懐。「音楽は今も私を彼の元へと連れ戻す」。「マルセルのお城」、「リスボンに誘われて」以来の原作を凌ぐ映画。
主役の男女が癒やされるのは束の間。報われないがゆえに生かされる愛も存在する。多くの人の記憶に埋め込まれた実らぬ恋がよみがえり、ピアノの旋律はその深さを奏でる。
 
 音楽、撮影、脚本、役者がそろえば、これほどまでに勇気と、硬派の愛を表現できるのか。映画の力というほかない。
 
 
            「フランス組曲」の主演ミシェル・ウィリアムズ(右)。後ろ姿はドイツ軍中尉。