2025/07/04    昭和の風景(十一)
 
 昭和30年代の初め、小学校の図工の時間で高さ1メートルくらいの笹が配られ、短冊に願い事を書いて結びつけた。五色の短冊、青、赤(ピンク)、黄色、白、黒(紫)にはそれぞれ意味があり、陰陽五行節に由来するらしい。
 
 唱歌「たなばたさま」の歌詞は、「ささの葉さらさら のきばにゆれる お星さまきらきら きんぎん砂子」、「五しきのたんざく わたしがかいた お星さまきらきら 空からみてる」。
 
 小学校へ入学して4年間は祖父が畑に植えてある笹の1本を2メートルの長さに切って木製の四角い鉢に固定した。色とりどりの短冊に願い事を書くのが楽しみだった。玄関に置くと天井に届きそうな笹。
 
 笹が夏風に揺られる光景と、笹の葉の「さやさや」という音は何ともいえず爽やか。暴風にさらされても倒れない笹。暑い日に涼感をもたらす笹。涼風と涼やかな音はつかのまの安息だった。
「夏が来ると思い出す」のは、「静かな尾瀬、遠い空」ではない、七夕の風景、笹の葉、風である。
 
 短冊書きには字をおぼえていなかった妹も参加した。マジックペンなどない時代、墨をすって筆を使う。
祖母が妹の代筆をし、笹に結ぼうとしてもうまくいかず祖母が手伝っていた。字を書こうが書くまいが、五色の短冊は多いほうがいい。笹に沢山の短冊を結んで全体を見たが、何か物足りない。華麗さが不足しているのだ。
 
 文房具屋へ行って金紙、銀紙の入った色紙を買い、短冊形に切って筆で書こうとしたが、金銀は表面に光沢があって墨をはじいてしまう。でも、金銀を加えたことで笹の葉はきらびやかになった。よし、これなら星に思いが届く。
 
 仕事帰りの父は一枚々々読み、叶えられる願いであれば叶えてくれた。
桃の缶詰を食べたいとか、キャッチボールをしたいとかのささやかな願い。父は「子どもたちが元気に育ちますように」と短冊に書いた。
 
 そのころ扁桃腺熱が出て学校を休むこともあった小生は、発熱しても「元気に育つ」ありがたさを理解しておらず、病気になると漫画雑誌を買ってくれるのが喜びだった。
 
 伴侶は子どものころ、ケガをして近場の医院に行った帰り、「もなか」を買ってもらえるがうれしかったそうだ。
現在は夏がくると、自宅から徒歩7分のデパート内の和菓子店「叶匠壽庵(かのうしょうじゅあん)」で宇治金時(かき氷)を食べている。
 
 小生は2019年ごろからドライマウスとなり、その後、口内に異変が起こり(口腔外科医師によると降圧剤の副作用らしい)、食べものによって違和感があり、氷もアイス類も食べることができない。
かき氷を食べ、頭がキーンとなった子どもは老人となってしまい、へこたれるなと自らを励ましつつ、猛暑を乗り切れるだろうか不安。
 
 七夕で思うのは、天の川でも織姫でもなく家族である。やさしかった父、畑仕事に専念する寡黙な祖父。八つ当たりしても笑顔で受けとめてくれた祖母は小学校4年の夏、突然亡くなった。
人前で涙を見られたくないので、人影のないお寺の墓地で声を上げて泣いた。それから3年後祖父が亡くなり、その6年後、父が急死した。
 
 短冊の字を書けなかった妹が旅立って早13年、昭和30年代の懐かしい日々。笹の葉さらさら軒端に揺れる。お星さまきらきら空から見てる。

前のページ 目次 次のページ