それまで演歌を好きになったことはなかった。好きになったのは「北の宿から」と「大阪しぐれ」だけだったように思う。
すくなくとも2024年以前から都はるみは矢崎滋と共に逃避行を続けている。
私たちから見れば逃避行という表現は腑に落ちない。しかし有名人は高齢となっても有名人で、二人で行きたいところへ行き、滞在したいだけ滞在すればよいのにと思うけれど、ひっそりと暮らすには周囲に気づかれないほうがいい。都はるみは「普通のおばさんになりたい」と言った。仮面の生活に疲れ、生き生きした自分を取りもどしたかったのだ。
矢崎滋と都はるみはおそらく価値観が似ている。そしてお互いを受けとめ、支え合えるのだろう。彼らはいつのころからか人目を避けたくなった。ビジネスホテルに泊まり続けるのは嫌気がさす。
衆目の集まらない場所は野中の一軒家しかなく、一軒家に住んでも食料品、日用雑貨を買うためにしかるべき場所へ行かねばならない。日用雑貨だけなら通販を利用できるが、食品はムリ。365日、衆目を完全に避けることは不可能である。
高齢者はおおむね寒さに弱い。低温への適応力が劣ってくる。77歳と76歳(2025年4月11日現在)という年齢を考えると、夏場は北へ、冬場は南へと渡り鳥になっているかもしれない。
矢崎滋を知ったのはテレビドラマ「淋しいのはお前だけじゃない」(1982 脚本・市川森一)だった。主役は西田敏行だが、脇役がよかった。矢崎滋、潮哲也、信欣三、河原崎長一郎、財津一郎、尾藤イサオなど。大衆演劇から梅沢富美男をキャスティングしたのも新鮮だった。潮哲也はローカル線駅の切符切り役と記憶している。
ドラマは木の実ナナが駆け落ちした群馬県四万(しま)温泉へと舞台を移し、義理と人情の架け橋となる役者たちが活躍。矢崎滋が得意とするのは滋味と哀愁、滑稽を併せもつ役。
矢崎滋は「世界ふれあい街歩き」の「「コッツウォルズ」前編「マルムスベリー」(Malmesbury)&「バートン・オン・ザ・ウォーター」のナレーターをつとめたが、そこにいるかのような臨場感にあふれ、軽妙洒脱、「街歩き」で最も思い出深いナレーターとなった。
都はるみは庶民的で気取らず、歌に対する姿勢がよく、朗らかで明るい。いまもテレサ・テン、都はるみがテレビ番組で歌っていれば箸を休めて聴き入る。「北の宿から」のメロディと歌詞が流れると道東の雪景色が目の前に広がるのだ。
吹雪まじりに汽車の音 すすり泣くよに聞こえます
伴侶が時折つぶやく、「都はるみと矢崎滋、どうしているかな」。同年代のせいか、小生も気になってしかたなく、平穏であることを願わずにはいられない。
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