2024/12/28    夢千代日記
 
 「夢千代日記」は1981年に放送された全5話の連続ドラマである。脚本・早坂暁、演出・深町幸男、音楽・武満徹。ロケは湯村温泉として知られている兵庫県美方郡温泉町(現新温泉町)でおこなわれた。1981年放送日はみることができず、いつだったか、たぶん数年後の再放送時に伴侶とみた。
 
 夢千代日記がことし12月に放送され、続夢千代日記が来年1月に放送予定。40年ぶりのドラマは小生にとって名作中の名作であるという思いを強く持った。
キーワードは3つ。余部(あまるべ)鉄橋、貝殻節、山陰。余部鉄橋は初代の鉄橋(現在は2代目の余部橋梁)。初めて余部鉄橋を通ったのは小学生低学年のころ、鳥取へ向かう山陰線の列車に乗ったときだった。
 
 それまで遠くに出かけたのは嵐山か奈良、そして夏休みを過ごした吉野。子どもにとって鳥取は遠い。一路線で遠出をするのは初めてなのでわくわくした。鉄橋は平成22年8月にコンクリートの橋となってしまい、往時の面影は消えてしまったが、間近にせまる日本海と周囲の景観は変わらないのがせめてもの救い。
 
 余部鉄橋の上を蒸気機関車が走ったときの気持ちは忘れがたい。昭和30年代初頭の子どもにとって高さ41メートルは未経験の高さであり、目前にせまる日本海と小さな岬、眼下の鄙びた民家。
山間部を縫うように走る吉野行き列車の窓から眺める風景とは較べものにならないスリルと壮大な光景。旅に目ざめる瞬間とはこういうことなのかと思えた。
 
 山陰の海は季節によってまったく異なる表情を見せる。春の海は空よりもはるかに濃いブルー。時にエメラルドグリーン。古い民家と民家のあいだに覗く海はたとえようもなく美しく、山陰に来たという実感がわいてきた。夏の海は人を招く。春より薄いブルーが水平線までつづき、ふっと消える。その先に死者の世界がある。お盆になると彼らが現われる。
 
 秋の海はあっけらかんとしてベタ凪。特長もなく凡庸で退屈、曖昧な態度をとる人のようだ。冬の海は山陰地方以外の場所から来たら、いかにも山陰という気配に満ち、来る日も来る日も空はどんよりして、いつ荒れるかわからない鈍色の海。
 
 「夢千代日記」の季節は、四季がないかのようにかならず冬である。雪が降ろうと降るまいと寒々している。夢千代は東京で暮らしていたのだが、置屋をしている母親が亡くなり実家にもどって家業を継ぎ女将となった。芸者(楠トシエ、樹木希林、秋吉久美子、大信田礼子)をかかえており、自らも芸者として座敷に出る。
夢千代は昭和20年、母親の胎内にいるとき広島で被爆した。夢千代役・吉永小百合も昭和20年生まれで、早坂暁は江田島の海軍兵学校から郷里松山へ向かう途中の列車から広島の惨状を目撃し、赤ん坊の泣き声が耳に残っているという。夢千代は赤ん坊であり、吉永小百合である。
 
 ドラマはもはや芝居の拙い吉永小百合ではない、生涯の当たり役、置屋の女将で芸者、被爆者の娘を生きる夢千代そのものなのだ。座敷にはべって「貝殻節」を踊る。踊るシーンはくり返し登場し、足の運び、手と指の動き、なによりも目がサマになり、日本舞踊を自分のものにしている。貝殻節は鳥取市気高町(けたかちょう)の漁師の歌で、底曳き漁のさい歌われたらしい。
 
 母が小生の従兄(鳥取出身)にリクエストし、従兄はしかたないなという感じで貝殻節を歌う。その切なさ、哀感は、漁業に携わった経験のない従兄が漁師生活の重荷を背負っているかのようだった。夢千代日記の貝殻節は従兄の歌に較べて妙に明るい。58歳で旅立った従兄の歌声がいまも耳の底に残る。
 
 夢千代日記をみて数十年前に感じなかったことを感じた。感銘も感慨もひとしおだった。ドラマの秀逸さだけでなく、秋吉久美子の都会とは異なるのんびりした風合い、鳥取弁のうまさ。楠トシエの役者魂、置屋で家事全般をこなす老女中・夏川静枝の芝居に感心し、若手芸者・大信田礼子に注目する。
 
 あの若さで田舎芸者の緩急、間合いを知っていた。自転車に乗った彼女が事件捜査で都心から出向した林隆三とばったり出会う場面からお座敷に至るまでの立ち居ふる舞い、せりふ回し、表情が田舎芸者なのだ。
大信田礼子は湯村温泉の置屋に行って、1週間ほど座敷を見学し、芸者を観察したのかもしれない。ほかに長門勇がコミカルなところをみせ、なごませる。
 
 伴侶は若いころから最近までさまざまな女優に似ていると言われた。佐藤オリエ、吉永小百合、紺野美沙子、武井咲(えみ)など。見る人によって一瞬の表情が似ているように見えるのだろう。似ていると言われればそうでもあり、そうでもなく。
 
 伴侶の姉は約20年前に白血病を発症し、数ヶ月の入退院加療をくり返し寛解したが、その甲斐もなく12年前、63歳で旅立つ。発病から死去までの8年間に息子と娘を結婚させ、それぞれの子も見届けた。
夢千代日記は昭和50年代を時代背景としている。湯村温泉の風情、人物描写は昭和30年代を彷彿させ、懐かしさが押しよせる。古き良き時代を切りとった脚本家、演出家、俳優。
 
 
            シンガポールのホテルのプールサイド。伴侶は29歳でした。


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