海外連続ドラマのテレビ放送に欠かせないのは声優である。戦後の昭和を代表するのは「弁護士ペリー・メイスン」(米国 1957−66)と「逃亡者」(米国 1963−67)。BGMも秀逸だった。主役レイモンド・バーの個性的なマスク。
新版ペリー・メイスンの声・若山弦蔵もよかったが、旧版の佐藤英夫の声は、弱者を守る法の番人としての実直、真犯人を見ぬく明晰が声にあらわれている。ドラマのはじまりを予感させるイントロ音楽にもワクワクさせられた。
背中に隠した銃をぬく早わざで窮地を脱する「タイト・ロープ」の主役マイク・コナーズの声・田口計も記憶に残る。1年くらいたち、毎回同じパターンに飽き始めたころドラマは終了。田口計はその後、日本のドラマにも数多く出演したが、ほとんど悪役だった。
若山弦蔵は「スパイ大作戦」のピーター・グレイブスも担当。スパイ大作戦で特によかったのはマーティン・ランドーの声・納谷悟朗、シナモンの声・山東昭子。録音テープの「フェルプス君」でおなじみの大平透の声もやみつきになった。音楽も傑出しており、現在もトム・クルーズの「ミッション・インポッシブル」で使われている。
「逃亡者」の主役リチャ−ド・キンブルの声・睦五郎もよかった。医師キンブルは妻殺しの容疑をかけられ逃亡している。執拗に追う警部ジェラード(加藤精三)は執拗を絵に描いたような顔をしており、キンブル役デビッド・ジャンセンは逃亡生活が長く、どことなく陰気なのだが温かみを感じる。冷たく暗い人間には同情もわきにくく、ついていけない。
その後、米国のテレビドラマはパッとせず、こちらも大学受験やキャンパス生活、仕事などのせいでテレビ離れした。久しぶりにテレビドラマにもどったのは「ER」、「修道士カドフェル」、「ミス・マープル」のおかげ。
ERは医師ロス役(ジョージ・クルーニー)の小山力也と看護師キャロル役の野沢由香里。ジョージ・クルーニの地声はだみ声、小山力也のよくとおる声に耳が慣れているから彼の声に落胆。小山力也は「24」の主役ジャック・バウアー(キーファー・サザーランド)の声もすばらしかった。
「修道士カドフェル」は12世紀初頭のイングランドを背景とする時代劇。カドフェル(デレク・ジャコビ)は第一次十字軍に従軍し、しばらく現地に逗留するが、中年になってイングランドに帰り修道士になった。
遠征先で薬草の知識を身につけ、修道院の庭で栽培、病人の治療もおこなう。カドフェルの声・山野史人(やまのふびと)はデレク・ジャコビと実年齢が近く、能ある鷹は爪を隠すカドフェルの声を見事にさばいた。デレク・ジャコビは米国の演技派俳優があこがれるシェイクスピア役者である。
野沢由香里は後年、英国テレビドラマ「埋もれる殺意」でニコラ・ウォーカー演じる女警部キャシー・スチュアートの声もやっている。ERのキャロルとは役柄も顔も異なるが、優劣をいうなら「埋もれる殺意」の警部の声に軍配が上がる。
このドラマのニコラ・ウォーカーと野沢由香里は生涯の当たり役である。抜群の脚本、練り込まれた翻訳。登場人物の誰に何を言わせるか。ふさわしい人間に的確なせりふを配し、役柄を把握する声優がそろったドラマはおもしろい。
英国の連続サスペンスドラマは出色。「主任警部アラン・バンクス」の主役(スティーブン・トンプキンソン)の声は金子由之。主役の性格、人生観、捜査、住居に至るまで金子由之の声が生かされている。アラン・バンクスの誠実、率直、部下思い、熱血を感じさせる声。
「名探偵ポワロ」のポワロ(デビィッド・スーシェ)の熊倉一雄、「ミス・マープル」のマープル(ジェラルディン・マクイーワン)の岸田今日子。マープルは代々さまざまな女優が演じてきたが、マクイーワンの犯罪者を射貫くような鋭い眼、老女にしては軽快でキレのある動きがほかの女優に較べると一日の長、岸田今日子の声がなんともいえずミステリーに合っていた。
ケビン・コスナー主演映画「ロビン・フッド」の魔女役をマクイーワンがやり、ロビン・フッドと戦うシーンには驚いた。彼女の靴の先端から毒を塗った刃が飛び出し、足を蹴りながらロビン・フッドを狙う迫力はかなりのもの。
「刑事モース」は警部サーズデイ(ロジャー・アラム)の声・土師孝也(はしたかや)がピッタリ。腕っ節が強く、裏社会にも顔がきく。主役モースは知的、もの知り。しかし不器用。
アラン・バンクスはモースのように物知りではなく、部下に「それは何だ」と尋ねることが多い。サーズデイとの共通点は度胸と正義感。バンクスは時々間の抜けたセリフを言う。そういう場面も金子由之はうまくこなす。
名探偵ポワロの「ハロウィーン・パーティ」や「象は忘れない」、「死者のあやまち」などに出てくる女流作家オリヴァの声を山本陽子が担当した。発声の基本ができており、芝居もうまいからセリフが聞き取りやすい。
日本でも大ヒットした連続テレビドラマ「ダウントン・アビー」はNHKが力を入れていた。という意味で最近のNHKは何を考えているのか海外ドラマの凋落は目にあまる。英国からの質のよいドラマの仕入れを怠り、誰がみるのかと訝(いぶか)るドラマばかり放送している。ダイコンをかき集めた日本のドラマは評にかからず。
WOWOWもみるに値しない北欧ドラマのような仕入値が安いドラマ専門局になり下がった。中国ドラマは論外。視聴料金を半額以下にしなさい。
ダウントン・アビーは声優選びに秀でており、特によかったのは先代伯爵夫人バイオレット(マギー・スミス)の声・一城みゆ希。マギー・スミスはいわずとしれた英国の名優で、若いころ映画「予期せぬ出来事」で1歳年長のエリザベス・テイラーと共演している。アカデミー賞、ゴールデングローブ賞など数々の映画賞を受賞。
バイオレットは品と貫禄、奥ゆかしさ、ユーモアと皮肉を持ちあわせ、ダウントン・アビーの精神的支柱。彼女が時々発する皮肉まじりのユーモアが私たちを笑わせる。一城みゆ希の声優人生の集大成であり、真骨頂である。
近年、声優事情に異変が起きている。米国産連続ドラマに起用される若手声優はせりふを鼻歌でも歌うかのように流して言う。互いが同じ口調なので、臨場感、緊張感を著しく損ねる。米国俳優がダイコンだから声優のせりふ回しもダイコンで構わないということなら若手声優は現状維持のまま成長しない。中高年の海外ドラマ離れはそういうところからはじまる。
岸田今日子はかなり以前に亡くなり、女性は男性より長寿であるはずなのに、2023年、一城みゆ希が、2024年、山本陽子が旅立った。名だたる声優も自分にふさわしいドラマの役はなく、やり甲斐を失っているだろう。テレビはつまらないドラマばかり放送し、昔の英国連続ドラマのダビングBDを再度みる日々を過ごしている。
「主任警部アラン・バンクス」のスティーブン・トンプキンソンの声に金子由之、「埋もれる殺意」のニコラ・ウォーカーに野沢由香里を充てた昔のWOWOW制作担当者に讃辞を送りたい。連続ドラマの吹替えは俳優と声優の呼吸が合ってこそ優れたものとなる。互いの魂が共鳴するのだろう。
「埋もれる殺意4」の「30年目の贖罪」第6話(最終話)のラストシーン。キャシーが父親の携帯電話に残したメッセージに感動する。野沢由香里のせりふ回しは英国の名女優の芝居をみているかのようだ。
ドラマは語る。犯罪捜査官はキャシーがそうであるように、誰に対しても公正で礼儀正しくあらねばならない。まっすぐなのは美徳である。ドラマの最後に墓碑銘が映しだされる。
永遠なれ 他者に慈悲を 自身に忘却を与えた者よ
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