2024/05/20    独居老人のために
 
 一人暮しの高齢男性にとって面倒でくたびれるのは家事。留守をあずかって部屋掃除、バスタブ洗い、炊事をやれば、家事がいかに重労働かわかる。メシは日替わり弁当宅配もあるけれど、ほかは自分でやるしかない。近年、老老介護のあいまを縫って一人旅に出る主婦もいる。
 
 独居老人となったときに備えて奥方が訓練をする。一度にぜんぶはしんどいから、日々少しずつ身体でおぼえてもらう。食洗機に入れる前の脂落とし、洗濯物干しほか色々。亭主はつぶやく。「いいように飼い慣らされているのかもしれません」。そんなふうにジョークを飛ばす方もおられました。
 
 主婦が長の患いで、食料品、日用雑貨の買い出し、掃除、炊事をやらざるを得なかった亭主。いまでも食料品、日用雑貨を率先して買いにいく。
亭主が重病となって入院したらどうする。自宅療養が1週間以上続いたらどうする。主婦はふだんやらない雑事に追われ、負担が増え、看病どころではない、倒れるのではないだろうか。というような取り越し苦労を亭主はする。そうなったらそうなったらで何とかなるのにさ。
 
 そういうとき、近場に娘が住んでいたら助けてくれるかもしれない。息子しかいないとか、子どもがいない場合はどうしようもない。いや、親が倒れても、お父さん、自己責任なんだから自分で何とかしてねと当世の娘なら言うかもしれません。
 
 妻より先におさらばできると考えている高齢者は多いと思う。人生、計算通りいくとは限りません。娘の協力をアテにせず、そのときが来たら貯金をおろし、さっさと有料老人ホームに入居する計画を立てる。貯金が少ない、もしくはゼロという方は無料相談所へ問い合わせてください。
 
 75歳を過ぎると、いつお迎えが来てもという実感がわき、よぼよぼになってみじめな思いをするくらいならと考えるようになる。そうなると子どもに迷惑をかけたくないという気持ちが生ずる。病院で死ぬのも、老人ホームで死ぬのも、孤独死もたいしてかわりはない。孤独死だけは避けたいと思うのはいまのうち。子どもがいなくてよかったと半分やけくそ。
 
 女房に責められる日々をおくっていれば、逃げたいと思うのが人情というもので、逃げられないのならできるだけ早く迎えをよこしてくださいと天を仰ぐ。そうなる前に旅立つ人は、ある意味しあわせ。
 
 女性が突然か徐々にかは別として激変する。前々からそういう兆候も言動もあったとして、怒って何十度もくり返したことをまたくり返し言わずにはおられない。なぜ? 帳尻合わせ?まだ合っていない?不可解、わかりまへん。怒りが記憶に定着し、怒りの地層は腹から目まで上がって顔つきも変わる。
 
 夫婦の年齢が近いか遠いか。近いと老いのテンポもかけ離れておらず歩調が合い、お互いの体力、気力のおとろえを察してくれるかもしれないが、年が8歳以上離れていればタイヘン。
小生の家庭は3歳ちがいなのだが、配偶者は怒ると血流がよくなるのか、食欲も出る。最近、食べても体重が減っている当方としては、ムリしてでも多めに食べざるをえない。しかし、こっちが75歳で向こうは67歳以下、体力、気力ともいまだおとろえずという場合、こっちの体力を斟酌せず、責めるときはガンガン責めてくる。
 
 どうすれば回避できるか。沈黙するか、読書するか、長めの散歩をするか。読書しても文言はぜんぜん頭に入ってこない。そのうち相手が落ち着くのを期して。不幸は目に出る。問わず語らず心の状態は目に表れる。
夫婦元気で、心穏やかに暮らすのが何より。ひとり暮しは寂しく、他方が一方を温かく受けとめてくれなければみじめ。夫婦ともに病気で衰弱するとさらにみじめ。そういうこと、ありませんように。昔の人は言った、親子は一世、夫婦は二世。夫婦の縁は深いのです。

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