4   2012年1月松竹座 通し狂言「雷神不動北山櫻」
更新日時:
2012/01/22 
 
 「なるかみふどうきたやまざくら」。通し狂言はめったにやらないが、2008年1月、新橋演舞場で海老蔵が五役早替りをやって評判となり、以来、立て続けに名古屋、博多で上演された。大阪が名古屋、博多の後塵を浴びるのは、近年の松竹座観客動員数の減少に因るだろう。嘆息して埒があくわけのものでもなく、久しぶりに海老蔵をみにいった。
 
 最初から大詰(大詰第三場)の「不動明王」について記すのも妙な気はするが、この場の演出の不具合といおうか、拙さは聞くに堪えず、これを書き記さないと先にすすめない。大薩摩をじっくり聞きたいと思っている贔屓にとって、できそこないの録音テープの騒音に大薩摩がかき消される惨状はいかんともしがたい。
セリフに大薩摩をかぶせるならまだしも、大薩摩にやかましい録音をかぶせる意図がわからない。大薩摩を入れるなら、鳴神の幕前か、楼門をこしらえた大詰第二場の幕前だろう。録音にたよって不動明王の法力がみえてこないのも興ざめ。
 
 さて「深草山・山中の場」、「大内の場」の安倍清行、早雲王子は仕どころの少ない役である。そのなかにあって脂は取れていないが、アクの脱けた海老蔵ということで健闘している。が、早雲が下手に歩く姿は天皇家のはぐれ者にみえず、ただのならず者ふうにみえ、海老蔵が所作の人でないことがわかる。セリフ廻しがうまくなってきただけに惜しい。「外郎売」を連想させる安倍清行のセリフは遊び感覚にあふれ、海老蔵の手の内。関白基経の門之助に品があって上々。
 
 二幕目「小野春道館の場」(毛抜)の粂寺弾正は愛嬌と豪放がないまぜになっていて、寛潤と呼ぶにふさわしい男。教えたのは父。口跡は父子で異なるといっても、弾正の発声は團十郎に似てきた。
弾正と小野春風(宗之助)、腰元巻絹(笑也)とのやりとりは宗之助が健闘。笑也は、この先何が起きるのかと思わせる色気が足りない。それゆえ弾正のきわどいセリフが活きてこない。一瞬だけ卑猥にみせかけて空振りに終わらせる工夫がほしい。ほかに小野春道に翫雀、八剣玄蕃に市蔵、秦民部に右之助。
 
 鳴神で想起されるのは2007年7月の松竹座。公演13日目金曜の「鳴神」終演後、海老蔵は楽屋の風呂で転倒、ガラスを蹴り割って救急車で運ばれた。足を15針縫うという椿事が起こり、館内放送が流れる客席に冷水を浴びせられたような驚きの声が上がった。代役は仁左衛門が指名した。概略は目次「2007年7月松竹座」の油地獄と知盛に記したのでくり返さない。
鳴神の大道具はいつみても深山幽谷かくやあらんと感じさせる見事な背景図である。祈祷を依頼した帝弟・早雲王子の見識の高さ、鳴神上人の神通力にふさわしい。
 
 鳴神のおもしろさの大半は、その神通力をもってしても見破れない雲絶間姫(くものたえまのひめ)の芳醇な色気と素早い機知にある。花道に坐す絶間姫は楚々たる品にあふれ、舞台に立ってからは世話にくだける変化。くだけるところはうまさがでても花道ではよくなかった扇雀が、品と妖しさをそなえ、役者が変わったようにうまくなった。花道は異界と現世を隔てる境界線なのである。
 
 鳴神上人が絶間姫に魅せられたのは外見だけではない、外見以上に妖しい身の上話に盛り込まれた嵯峨野行、そして桂川を渉るときのアラレもない姿、そして二人の意気投合なのだ。畢竟、外見に引き込まれてで戒を破るのではなく、女の巧みな話に乗せられて破戒にいたる。それを短時間でみせ、客席を納得させるのに骨が折れる。玉三郎の絶間姫は別格として、扇雀も何かを会得したのだろう。海老蔵も最初は品よく、徐々に崩れてゆくようすがうまくなった。
 
 二人の意気は絶間姫の「見ずもあらず 見もせぬ人の恋しきは」と吟じ、上人が「あやなく今日や 眺め暮らさん」と応じたり、姫の「明日はまた 誰がなからんも 知れぬ世に」に対する下の句、「友ある今日の 日こそ惜しけれ」と応じることでピタリと投合する。練り込まれた歌舞伎狂言の面目躍如といえよう。
 
 「昼さえ道を知らぬのに、真の闇になア、とうとう嵯峨野に行たと思わしゃんせ」 「この川を渉って逢わにゃおかぬと思うてな。闇をたよりに川渉り、おなごの身で大胆な、裾をぐっとからげてなア」 「ぞんぶり」「ぞんぶり」「濡れぬさきこそ露もいとえ。小笹かきわけ萩ふみしだき、とうとうその殿御の庵に辿り着いたわいなア」 。これだけでもきわどいし、色気たっぷり。ノックアウトはすぐに来よう。
鳴神上人が酔いからさめての引き抜きはふつうの引き抜きではなく、ぶっかえりで火?の衣装になる。気品ある高僧が絶間姫に一杯食わされ、猛り狂う破戒僧へと変化するようすも見所。見応えのある鳴神役者の誕生を喜びたい。
 
  
 画像は2007年6月末、大阪市役所横の船乗りこみ式典。右から仁左衛門、歌六、海老蔵、愛之助。



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