12   2006年1月松竹座 仁左衛門&玉三郎の「十六夜清心」
更新日時:
2006/01/09 
 
 仁左衛門と玉三郎がかつて孝玉(コンビ)と呼ばれていたころも、関西では上演されなかった「十六夜清心」の通し狂言ということでみにいった。
序幕で演奏される清元「梅柳中宵月」(うめやなぎなかもよいづき)が清元屈指の名曲であり、志寿太夫存命のときは志寿太夫の喉が、その後は延寿太夫の喉が耳になついているせいか、今回の清元連中は芯になる人がおらずツヤ消し。
 
 十六夜(玉三郎)の花道・出の前、「朧夜に星の影さえ二つ三つ、四つか五つの鐘の音も、もしや我身の追手かと、胸に時打つ思ひにて、廓を抜けし十六夜が」ではじまる清元を、見物が聞き惚れるほど情感たっぷりに唄えば、客席は水を打ったように静かになるのだが、サラサラ流れて水っぽい。これでは十六夜も出にくかろう。
 
 この狂言(「花街模様薊色縫=さともようあざみのいろぬい」)が世に出たのは、河竹新七(黙阿弥)、四世市川小團次、四世清元延寿太夫の共同作業であることを思えば、役者ばかりに気を取られず、清元の人選にも配慮してしかるべきであろう。
 
 それでも十六夜が花道七三まで来れば、廓の女の色香が立ちのぼる。「聞く辻占にいそいそと雲足早き雨空も、思いがけなく吹きつれて、見交わす月の顔と顔」の清元で清心(仁左衛門)の出となる。ここからの所作事は、舞台でみせない色事を想像させえてこの場(序幕「稲瀬川百本杭の場」)が生きる。
そこのところの色艶の横溢は十分。十六夜の手拭いが袈裟になったり、数珠になったり‥清心が修行中の所化であったから‥蓮の花に見立てたりするのは手順通りで、角々の決まりもよく、仁左衛門との息も合って秀逸。
 
 修行僧見習いが女犯の罪で追放となったほどの色気は、遊里で生かされはしても、深い馴染みを重ねた男の前では純な女となる。しかし、遊里に身をおいた女のあざとい色香は残る。いったん離ればなれになった相手との再会も、浮き立つようなしあわせとは言い難い。
そういう思いを込めて十六夜は舞台に立つ。それが十六夜役者のハラであり、この場のみせどころ。
 
 清心は今風にいえばブレる男で、成り行きに身を任せるタイプ。再起を決意しても、女が身籠もったと聞けば心中へと追いつめられてゆく。女の多くはそういう男から去ってゆくはずなのだが、そうとばかりとはかぎらない。
情にほだされることもあれば、どうにかしてあげたいと躍起になるのも女の特性の一つであってみれば、そうした横糸と、因縁譚という縦糸が絡まり合って、男女の生き方を盛り上げたり狂わせたりする。
 
 しかし十六夜はそうではない、躍起になるどころか、そもそも生に対する自覚が薄い。清心への心中立ても、清心とちがって煩悩が極限に達したからではなく、なんとなくである。
そして、このなんとなくが清心に彩りを与え、人間像をくっきりと浮かび上がらせる。黙阿弥がそういう描き方をしたのはむろん、後の十六夜の伝法さと、あわれな男女の行く末を際立たせるためである。
 
 江戸の心中は、上方の心中物のようにこってりではなく、さらりとしている。特に、この狂言の「百本杭川下の場」は仁左衛門の独壇場、心中しそこなった男の滑稽さをみせて客席の笑いをさそう。
身投げして死んだつもりが死にきれず、再び死のうとするが死ねない。腹に切っ先を当てても、ぁ痛、あ痛たとなってしまう。それを無理なく演じる芸容はこの人ならでは。芸の円熟とはそうしたものである。
 
 殺すつもりのなかった求女(孝太郎)を、もののはずみで死に至らしめるのも、偶然という横糸が、運命という縦糸に絡んで清心の再起の邪魔をする。
孝太郎といえば、昼の部「義賢最期」の小万といい、求女といい、半年みないうちにうまくなった。声が割れて芝居にならず、受け口から繰り出されるセリフ廻しもたどたどしかったものを、どこでどう直したのか、声も割れず、受け口の片鱗も見せない。感情表現の一つであるせりふは、口ではなく身体を使って廻すがごとくするものであることを会得したのなら大手柄。
 
 死にきれず悲嘆にくれる清心と、花道の求女がおこなう割りぜりふも上出来。互いの述懐が空を舞う。従兄弟の愛之助が義賢を大奮闘しているのをみれば負けてはいられまい。
求女が死んでからの清心の見せ場は、「こいつは滅多に死なれぬわい」と開き直るまでの変化で、悪の色にパっと変わることが、清心にある種の解放感をもたらす。こういうところのうまさは仁左衛門の手のうち。
 
 ほかに弥十郎の白蓮、笑三郎のお藤、猿弥の杢助が手堅い。
大詰では、様変わりした十六夜と清心が、瀬川如皐作「与話情浮名横櫛」の与三郎、蝙蝠安さながらに出てくるが、これは黙阿弥の念頭にあってのことであろう。結局「十六夜清心」は、「三人吉三」、「弁天娘女男白浪」への架け橋となるのである。


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