地獄めぐり
 
 先月の新橋演舞場、今月の松竹座の演し物で、別府温泉を舞台にくり広げられる「喜劇・地獄めぐり」のことである。東京、大阪の笑いを一手に引き受け、勘九郎&直美の息がピタリと合った「浅草パラダイス」の続編ともいうべき芝居のタイトルである。
 
 勘九郎、直美(藤山)、柄本明、渡辺えり子などの「浅草パラダイス」のメンバーに、波野久里子、笹野高史が加わって、さらに厚みがました。演舞場での前評判は、言うも愚かしいほどの上々吉で、「それじゃあ、まるで雪印じゃありませんか」とか、「あなたは鈴木宗男の親戚ですか」といったアドリブが随所に見られ、抱腹絶倒の極みであると伝えられていた。
 
 3月から6月までの松竹座の興業は、おおかた新劇主体で、歌舞伎はあいにくお休みなのだ。歌舞伎は休みであるが、浅草パラダイスの再現もどきというので、これを見逃す手はないと思い見に行った。
 
 波野久里子はうまい。故・勘三郎が、男に生まれていたらとため息を洩らしたそうであるが、むべなるかなと納得する。波野は承知の通り、勘九郎の姉、六代目菊五郎の孫で、先代・水谷八重子にあこがれ新派入りした。なにがうまいといって、立ち居振る舞いが美しく、口跡とせりふ回しがいい。口跡の良さは特筆に値し、お世辞にも口跡がいいとは言えなかった勘三郎、勘九郎と較べると月とすっぽん。
 
 そして、せりふのない時の行儀の良さも立派。他の役者が思い入れたっぷりにせりふを言っている時は、できるだけ目立たないようにする、これを行儀の良さというのだが、歌舞伎役者でいうなら仁左衛門、鴈治郎などが行儀の良さでは際だっている。新劇の世界で行儀の良さトップは松山政路。波野も上記の人々も、一体そこに居るのか居ないのか、分からないくらい見事な存在感の消し方なのである。無論、勘九郎、直美も行儀の良さでは人後に落ちない。
 
 今回、笹野高史の好演が光った。この人、NHKのドラマで、時代物・現代劇の別を問わず端役に回るが、常に主役にからむ端役を演じて、主役を120%引き立てる。類い稀な宝石も、光がなくては輝かないのであって、笹野はその光である。地獄めぐりの番頭役は仁、柄ともにうってつけ、勘九郎・柄本の存在感を、自らの渋くて年期の入った技で凌いで余りある。
 
 高校生の頃、猿之助の追っかけをしていた直美はさすが。花道七三で、波野、渡辺、直美、しのぶ(寺島)の女四人が、「白波五人男」のパロディ風のせりふを言うくだりがあるのだが、勘三郎をして嘆息させた波野の堂々たる格好、うまいせりふ回しは別格として、直美の出来が実に良かった。短いせりふの中に、役の仁、思い入れをたっぷりと表出して堪能した。勘三郎が、幼い勘九郎を連れて演舞場の最前席に陣取り、勘九郎に向かって、「おい、この役者をちゃんと見てろよ、いまに天下を取るぞ」と評した男(寛美)の娘であってみれば。
 
 寺島しのぶの弁天小僧は、例の黙阿弥の七五調のせりふの極めつけ。まだ成長過程にあるが、家の芸、菊五郎の芸を間近に見れる環境に感謝しなさいと言ってやりたかった。
 
 筋書きはこれから見る人のためにあえて書かない。上記の女たちは姉妹である。彼女たちに男三人がどう絡んでいくかも伏せておきましょう。藤山直美は益々うまくなった。第一幕は、総じて耐えがたいほど退屈でつまらないが、第二幕から別物となる。それは宝塚のレヴューで始まる。波野、渡辺、直美の本領発揮とでもいうべき場面は、見てのお楽しみなのである。
 
 
 この小文は本来「歌舞伎評判記」に入るべきなのかもしれませんが、新劇なのでこちらに入れました。
 
     
更新日時:
2002/03/04

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