HOTEL(2)

 
 有名レストランと名門ホテルの一番大きな相違点は、レストランが一代であるのに比べて、ホテルは末代であるということである。たしかに、いまのオーナーで5代目あるいは8代目などという老舗レストラン、または料亭もないわけではないのだが、レストランの場合は名シェフ、名料理人が引退もしくは他界すればそれまでである。
 
 テイストということを考えたとき、食に限っていえば、舌の繊細さ、味覚の鋭さはきわめて継承されにくいと思えるからである。伝統の味という名の大嘘。この嘘が実に困りもので、微妙な味付けが一子相伝できるのなら、だれも苦労はしないだろう。
 
 おふくろの味でさえ精確に伝えるのは難しいのであるからして。これは、伝える側と伝えられる側との能力差にもよるが、私はプラス・アルファを思うのである。この場合のプラス・アルファとは思い入れである。そしてスピリッツ。思い入れとか魂は、その人独自のものゆえ、継承されにくいという一面がある。
 
 形をまねることと、心をまねることとは別の問題であろう。何事も、きわめれば精神の高みと深みの問題に行き着くのではあるまいか。日本のいわゆる伝統技能とよばれる能、狂言、歌舞伎の稽古が厳しいのは、形をまねることはたやすかろうが、芸の心を伝承することの困難さゆえの厳しさであるだろう。
 
 しかしながら、いまの役者がそういう厳しさの下で育ってきたかどうかは疑わしい。そういう意味においても、一子相伝の難しさを思わずにはいられない。
 
 名門ホテルの名門たる理由は、上記のごとくスピリッツの継承が脈々と行われている事にある。名門の名を守っていくために何をすればよいか、彼らは常にそのことを考え実践している。ホテルはレストランと異なり、ひとりのシェフが飛び抜けていればよいというものではない。「HOTEL(1)」でも記したように、様々なセクションに係わる人々の思いが、客の居心地のよさとなって反映されなければならない。
 
 一子相伝の世界ではなく、多子相伝の世界とでもよべばよいのか、ひとりの実力者よりも多数の努力家が必要とされる。何のための努力かは言うに及ばないだろう。すべて客のため、客に快適さと満足感を提供するための努力なのである。人はそれをサービスというかもしれないが、サービスとは精神であり、精神は努力を継続することによって育成されるのである。
 
 
                     (未完)
 
 
 
更新日時:
2002/05/27

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