巷間伝うるところの映画
 
 何年か日本で上映される外国映画は低迷を続けていたように思うが、10月以降ようやく瞠目に値する作品が配給されている。チェコの「この素晴らしき世界」は、第二次大戦のさなかチェコスロバキアがナチス・ドイツから解放されるまでの歳月を、チェコの小さな町のおしどり夫婦の住む家を舞台に、ユダヤ人問題を絡めながら厳しくも詩情豊かに描いている。
 
 「この素晴らしき世界」をみて思うのは、一人の人間を救うためにどれだけ多くの犠牲が支払われるかということであり、支払った犠牲がもたらす果実は犠牲の大きさに比例することもありうることである。敬虔なマリア信仰をもち篤実な妻に対して、人間愛には目覚めているがナチス親衛隊にバレはしまいかと戦々兢々、えらいことになったと不安な夫、その対比が滑稽である。
 
 およそチェコ人というのは、何が何でも一つにまとまって進むという性質は望みがたく、意見調整に途方もない時間がかかるが、意見がまとまった場合は大いなる力を発揮するようである。
 
 戦時下の下手をすれば銃殺になりかねない苛酷な状況を、人間普遍のユーモアを交えながらテンポ良く進行させていく手腕はさすが。恩を忘れる人の多い世の中で、恩を忘れないことの素晴らしさとありがたさをさらりと描いた小品で、極楽の余り風を味わうには恰好の名作。
 
 同じくチェコで制作された「ダーク・ブルー」も第二次大戦がらみの作品だが、大戦終結で終わらず、その後のソ連の管理下時代にまで及ぶ点が上記の「この素晴らしき世界」とは異なる。また、ダーク・ブルーの主役男優にからむ女性に英国のタラ・フィッツジェラルドを配している。男達の友情とギリギリの瀬戸際でみせる男の絆もさることながら、タラ・フィッツジェラルドの押さえた演技から立ちのぼる芳醇な香りに酔う。
 
 「メルシィ!人生」はフランスの名優がずらりと揃う。フランス映画に関心のある向きには、ジャン・ロシュフォール(「髪結いの亭主」、「パリ空港の人々」)、ミシェル・オーモン(「パリのレストラン」)、ジェラール・ドパルデュー(「シラノ・ド・ベルジュラック」)と来ればおおよその見当はおつきになろう。
 
「メルシィ!人生」の主役を演じるのはダニエル・オートゥイユ(「愛を弾く女」、「王妃マルゴ」、「サン・ピエールの生命」、「八日目」)、みる前から面白さの分かる文句なしの配役である。近年忘れていた感のあるエスプリという言葉を思い起こさせる飛びきり上等の喜劇、俳優のうまさに舌を巻き、最初から最後まで顔が緩みっぱなしの快作だ。
 
 ユーモアの根元に私たちが見るのは豊かな人間性だけではなく、理性に裏打ちされたある種の合理性をも見てとるのである。11月末〜12月公開作品には、「太陽の雫」、「アイリス」、「シャーロット・グレイ」もあり、久しぶりに年末は大賑わい、洋画の当たり年である。
 
 
更新日時:
2002/11/24

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