映像と背景

 
 上の画像はスコットランドのグレンフィナン陸橋で、年末に公開予定の映画「シャーロット・グレイ」に登場する。もっとも、映画に出てくる季節は秋ではなく新緑の美しい初夏であり、どでかいスクリーンに大写しとなるから、色彩も迫力も段違いである。
 
 映画の映像はテレビと違って大画面という理由だけでインパクトが強烈で、心に訴える力がある。無論、映像が心に残るのは映像そのものの迫力のみによるわけのものではなく、その美しさ及び映画の中身による。そしてまたBGMにもよるだろう。古い石造り陸橋の上を蒸気機関車が白い煙を吐きながら走る。それだけで私たちは身を乗り出す。
 
 自分は身なんか乗り出しはしないと言う人もいよう。それはそれ、決して悪い事ではない、映画が好きではないだけのことである。映画好きなら、緑豊かな平原を走る列車、地中海を航行する客船というだけで何らかのイメージがわいてくる。サスペンスかも知れない、ロマンスかも知れない、何かは知れないが波瀾万丈劇の序曲を察知するのである。
 
 映画は、見る者のその時に置かれている状況や心理状態によって印象が異なる場合もある。すべからく順風満帆という人は映画のテーマを理解できても、映画の深さ、真に訴えたい事の意味と良さを理解することは難しいだろう。映像の背景は即ち心の背景でもあるからだ。
 
 逆境にある者のほうが順境にある者より真実を見分ける力がある。そしてまた、逆境にある者は人の心の奥深さを知る力を持つのである。順境にのみある者が人生の哀歓をどうして知りえよう。王といえども、生きる事の辛酸を舐めねば人生の深層を知るまでには至るまい。
 
 16世紀中葉、強運ゆえに即位したエリザベス1世も幾多の労苦と修羅場をかいくぐって歴史となったのである。彼女の母アン・ブーリンは夫ヘンリー8世の命で処刑された。幼い頃から逆境にあったエリザベスは、真実を見分ける能力を培ったのである。そしてその力がイングランドの繁栄を築いたといっても過言ではなかろう。強靱な精神力である。
 
 エリザベス1世がイングランド繁栄の礎をつくったのは勿論、彼女が逆境に置かれていたこと、真実を見分ける力のあったことのみによるのではない。しかしスクリーンの中で表現されるとすれば、込み入った政治や外交、経済事情をくどくど説明するより、逆境が人間を育て、為政者としての資質を修得せしめたのだと言うほうが説得力を持つだろう。
 
 実際問題、人は逆境にあってこそ本当のことを学習するのではないだろうか。いずれにせよ、映像の背景にあるのは心を奪う風景や音楽と、登場人物の魅力ある生き方である。映像が長く記憶にとどまるのはそういう理由と要素による。
 
更新日時:
2002/12/06

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