バーミヤン
バーミヤン
 
アフガニスタン王国だった頃(国王ザヒール・シャー 1973年7月のクーデターで亡命)、バーミヤンは平和でのどかな村だった。
 
バーミヤンを訪れたのは1972年10月。カブールを夜明け前に発ち、約10時間の
ロングドライブの果てにバーミヤン谷は壮大で厳かな姿をあらわした。崖に彫られた
二体の石仏と会い、バーミヤンの景観とともに生涯にわたって心に刻まれると確信した。
 
2001年早春、タリバンが何もかも破壊した。代償はだれが支払うのだろう。
バーミヤン・ホテル
バーミヤン・ホテル
 
ユルト(またはパオ)のバーミヤン・ホテルに三泊しました。このあたりで海抜1800b。
背後に雪をかぶったヒンズークシ山脈、昼夜の温度差40度以上、澄み切った空気、
文明の十字路、大自然と歴史の興亡の見事な調和。秘境ホテル。二度とできない体験。どんなに贅を尽くしたホテルもかなわない、私の宿泊したなかで最高のホテル。
 
アフガニスタンに来るまで水の本当のありがたさを認識していなかった。
日本やヨーロッパで断水を何度も経験しはしたが、それは恒常的に続くものではなく、
そう長くない時間、不便さをかこつだけのことだった。
 
断水は日常茶飯、出ても毎日取水制限時間帯が長く、チョロチョロとしか出ない状況
を経験してみてはじめて水の得がたさを知るという按配だった。異質なものとの出会い
によって本質をみることができたような気がする。
ホテル(ユルト)の中
ホテル(ユルト)の中
 
翌朝、バンディ・アミール(バーミヤン西方80qにある五つの湖)への日帰り旅行
の手配で一悶着あった。というのも、カブールに滞在していた二日前の新聞に、
バーミヤン=バンディ・アミール間でフランス人夫婦が山賊に襲われ殺害された
との記事が掲載されていたからである。
 
結局、自動小銃で武装したガードマン二名がバスに同乗するということで決着した。
バスのドライバーも、肩に自動小銃の弾丸をたすきがけして運転していた。
 
ユルトの内部を撮影(セルフタイマー)した唯一の写真。筆者が写っていて目障り
だと私も思う。
        (二体の石仏ほかの画像は「バーミヤン」=下のバナーから)