グレン・コー1
グレン・コー1
 
ハイランドはスコットランドの中でももっとも心惹かれる土地である。99年10月に積年の夢であったかの地を車で旅して、風景の寂寥感とは裏腹の、言いようのない懐かしさで胸がいっぱいになったのが昨日のことのようだ。
 
グレン・Glenの語源はゲール語(ケルト語系)のGleannで、「深い谷」の意。周囲の谷も山々も一面ヒースにおおわれ、峡谷の下に幾層にも重なったピート層を伝わり地上に出た水は琥珀色である。「ウィスキー」も水を意味するゲール語が語源で、ウィスキーが琥珀色をしているのは、樽のなかで寝かされる間に木の色が溶け込むことのほかに、ピート層の色が反映される。まさに天然色というわけである。
グレン・コー2
グレン・コー2
 
季節はまだ10月上旬というのに、秋は終わろうとしており、朽ちてゆくものの匂いが夕暮れの中に漂い、その匂いは春を思わせるがゆえにいっそうの哀感をさそう…。
この家に人は住んでいない、住んでいたらさぞ寂しいことだろう、日が暮れると人はおろか鳥や小動物さえ寄りつかなくなるのだから。
 
窓から家の中を覗くと、テーブルの上に資料が何種類か無造作に置かれていた。
私たち3人はしばらくは黙ったままであったが、突然とりとめのない話をはじめた。
そして誰ともなくうしろを振り返ると、朽ちはじめた雑草に春のような匂いが立ちのぼった。その情景は、殺伐としたグレン・コーに意外な美しさを添えていたのである。

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